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幻影⑧

第八章 幻影

 その日、僕は予定通り公園に向かった。
「あっ!玄弥さん!」
 公園には空也一人が待っていた。やはりよく見ると眞白にどことなく似ている……
 山崎さんはどうしたのだろう?
「あれ?空也、お父さんは?」
「なんか、急な仕事が入っちゃったみたいで。とりあえず行っておいでって言われたから。」
「そうなんだね。ちょっとあのベンチで話さない?」
 それから僕たちはベンチに座った。
「どう?空也、最近は?楽しい?」
「最近なんか、お父さんも優しくなったし、学校ももうすぐ運動会で楽しみなんだ~」
「そっか。九月ももう終わりで運動会の時期だな。空也の小学校もここから近いんだよね?暇だったら見に行こうかな」
「ほんと⁉来てくれると嬉しいな。」
空也は微笑んだ。
 「そういえば、この前お父さんが玄弥さんは僕のお母さんのことを知ってたって言ってたんだけど、本当?」
「う、うん。知ってるよ……えっと、空也はお母さんのこと…知ってるの?」
 少し空也に眞白のことを話すのを躊躇った。眞白は空也の物心つかないうちに死んでしまったのだから……。
「うん。もう、いないんだよね…お父さんがこの前話してくれて、まだよくわかんないけど……。もういないってことだけはわかった」
「うん……。そっか…。空也は強いね」
言葉にならない感情が、込み上げてきた。
 
空也に眞白のことを。お母さんのことを伝えてあげたい———
 そう思った僕は空也に眞白のことを話し始めた。
「空也のお母さんはね、とても透き通っていて美しかったよ。それはもう、天使のような人だった……。」
「えー?もしかして玄弥さん、お母さんのこと好きだったの?」
「はは……もうばれちゃった?」
「あとは?もっと知りたい!」
「そうだな……ちょっと話がそれちゃうかもしれないんだけど。僕には『色』が見えるんだ。」
「色?それならぼくにも見えるよ?」
「いや、なんだろう、変に聞こえるかもしれないけど、人から出るオーラ?みたいなのが見えるんだよね。今かけてるサングラスも実はそのためなんだ」
「うーん。じゃあ例えばぼくの色は?」
「空也と出会ったとき見えた色は紺色、姿は深海」
「紺色の深海?」
「あぁ、なんか少し前から姿も見えるようになった。はずなんだけど、ここ最近ずっと色が定まらなくってさ。あと、自分の色はずっと見えてないのも気がかりだ。まぁ、それはいいんだけど、時々、空也のお母さんが夢に出てくるんだ。その夢では僕は空也のお母さんに手を伸ばすんだけど、どうしても届かないんだ」
「お母さんにはなにが見えるの?」
「夢の中では純白の翼を生やしてどこか遠いところへと飛んで行ってしまうんだ。眩いほどの天空へと飛んでゆくんだ」
「ふーん」
「とまあ、僕が空也のお母さんに対して抱いた印象はこんな感じかな?とにかく純粋で優しい感じだったよ」
「ねぇ、玄弥さん。その……色が定まらない?って言ったよね。自分の色が見えないとも。」
「うん。そうだけど」
「僕にはわかんないことかもしれないけど。もしかしてそれって、玄弥さんが勝手に思い込んでたものなんじゃない」
「……え?」
「だってぼくも色は見えないけど、人のイメージカラーみたいなのは考えられるよ。でもそれって見る人によって多分違うよね。それに自分の色が見えないってことも自分で自分のイメージを考えることができないからじゃないの?」
「僕の妄想だったってこと?」
「ちょっとサングラス外してみて」
言うとおりにサングラスを取る。
「色のことを考えずに、「ぼく」を見てよ」
空也。ただ空也を見つめることに集中する。
あれ?色が………見えない。初めて空也と会って最後に空也に感じた違和感。それは色が見えなかったことだった。
「色が見えないよ…空也の」
「じゃあぼくの推理が合っていたってことだね!良かったね、玄弥さん!」
 驚いた……。今まで僕が見てたのはただの妄想だったってことか……?でもそれなら不安な気持ちでいっぱいだった時、周りの人が灰色を持つように見えたのにも合点がいく。
 もう……『色』で苦しまなくてよくなるのか……?空也以外の人を見てみる。さっきのように真剣な眼差しで。あの人は家の帰りを急いでいる。あの人は嬉しそうに歩いている。あの人は……あれ?なんでわかるんだ。色は見えない。
「そっか…僕が今まで…今まで見てきた色も他人の仕草、表情、行動から瞬時に読み取ったに過ぎなかったってことか…僕は人の本当に些細な表情や行動を読み取れるだけだったのか。そっか………。
ありがとう…ありがとう、空也。自分だけじゃ気づけなかった……」
 僕は人のことをちゃんと見ようとしていなかった。ずっとこれまで色に頼っていた。
 眞白の時もそうだったんだ……。あの時は色のことで頭がいっぱいだった……。僕はどれだけ眞白自身のことを見ようとしていただろう……?
 
 空也は泣き出しそうになっている僕を不思議そうに見つめ、やがてそれも飽きてきたのか僕に言った。
「玄弥さん。僕とサッカーの練習してよ。友達に負けないくらいうまくなりたいんだ。」
「うん。いいよ。空也のためなら、なんでもするさ。」
 
———きっとそれが今の僕にできる眞白に対するせめてもの償いになるだろうから。
 
ありがとう、空也。
ようやく気付いたよ。
僕が今まで見てきたものは、幻影にすぎなかったんだね。

幻影 完


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