∅(空集合)
∅(空集合)
むかーしむかし。その昔にたいそう小さな村がありました。
そこではいさかいもなくみんなが平和に暮らしていました。
しかし、あるとき村のある少女が病気になってしまいました。
村の人々はお祈りをしたり薬草を施したりとあらゆる手をつくしましたが、一向に様態はよくなりません。それをみかねたある少年は「老師」に相談しに行くことにしました。
老師は村から少しはなれてひとりでひっそりと生活しており、すべてを悟ったかのようなその立ち振る舞いに「老師」という呼び名がつけられたのでした。
しかし、老師には少々問題があって…いや、それはあとでわかることでしょう。
少年は村を出て老師に会いに行きました。山に入っていくとそこには小さな滝があり、老師はそばの大きな岩に座って釣りをしていました。
「老師!村の女の子が病気になってたいへんなのです!助ける術を教えてくれませんか?」
「 」
「老師?なんて言ったんですか?」
「 」
そうです。老師は言葉を発しないのです。しかし彼はなにも無視しているわけではありません。「伝える」といったほうが適切でしょうか。なにかを伝えようとしているのは村の人もわかるのですが、何を伝えようとしているか分かったものはこれまで一人もいません。
この「老師」の謎を知るものはいないのです。
「老師!彼女を死なせたくはありません!」
「 」
《うーん。話したらこっちをみてくれるから、聞いてはいそうなんだけど、なんで何も言わないんだ?もしかして、何かヒントが隠されているのかな?》
少年は考えます。
「老師!ぼくはどうすれば?」
「 」
「……!」
《わかったぞ!もしかして何もするな。ということなんじゃないか?下手に薬草を施しても悪化させる原因にしかならないんじゃないか?よーし、わかったぞ!》
「老師!ありがとうございました!」
少年は元気に走り去っていきました。
「 」
数週間後、少年がまた老師のもとにやってきました。老師はまた釣りをしていました。
「老師、この前は本当にありがとうございました。おかげで彼女の症状も回復しています。
でも、今度は村の近くの川がこないだの大雨で氾濫して、村中が水浸しになっちゃって、たいへんなことに農作物がとれなくなってしまって。どうすればよいでしょう?」
「 」
というと、老師は突然魚を釣り上げました。その釣り上げた魚が木にあたって木の実を落とすこととなりました。
《そうだよな。こういう時は魚や木の実を食料にするべきだな。でもそれは今までしてきたことだしなぁ。》
「老師、他になにか方法はありませんか?」
「 」
「 ?」
「 」
《そうか。老師が座っているような岩で水の流れをすこし抑えれば、水の量もうまく調節できるかもしれないな。》
「老師!ありがとうございました。」
少年は元気に去っていきました。
—————数年後
少年はあれからといもの数々の難題を老師の力を借りて解決していきました。いまでは少年は村の人気者でした。
「老師! 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
そんなある日、老師とこの少年は突然姿を消しました。
なぜなのかは誰もわかりません。
ところで。
ものは不変ではなく、あなたやわたしも不変ではありません。存在は確立していないのです。これしたがって言葉も不変ではありません。この物語も同じく。
それこそが空の思想なのです。
(終)
皆さん、本日はお疲れさまでした。第3回全国記述模試を終えてどうでしょうか。難しかったでしょうか。本日はがんばった皆さんに特別に、国語大問4問5:最後の老師と少年の対話の空欄個所を記述で答えよ。の模範解答を示します。本日は本当にお疲れ様でした。
(注意)彼らは直接この言葉を発しているわけではないので、このような内容がかけていてれば点を与えます。
「老師!今日も遊びに来ましたよ」
「なんじゃ、君か。」
「今日も教えを授けて頂けないでしょうか。」
「はぁ…そのことなんじゃが、君は知りすぎた。君のように空の対話を会得するものが増えるとちと困る。」
「なぜですか、老師」
「空の思想そのものに反するからじゃ。体系化されとまずいじゃろ?」
「なるほど。」
「だから、わしと一緒に来い。長い旅に出るぞ。」
「本当ですか?僕は喜んで行きますよ、老師!」
(完)
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