フィクショニズム File06
引用元
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「あなたはこれまでにどんなことを経験してきましたか?」
髪の薄い面接官に何十回と聞かれたことをまた質問される。
就活。
面接までこぎつけたのはここで21企業目。
既に百社以上に書類を提出しているが、ほとんどは書類選考の段階で足きりに合っていた。
面接まで到達できたのはごくわずか。
理由は一目瞭然。
私が普通だから。
「はい。私はこれまでに、多くの経験を積んできました。
まず、大学生活においては、学業と課外活動の両立を図りながら成長してきました。特に、経済学部に所属していたため、経済理論や統計学を中心に学び、データ分析の基礎を身につけました。また、ゼミ活動では、地域経済の活性化に関するプロジェクトに参加し、実際に地域企業との連携を通じて、現場での課題解決を体験しました。この経験を通して、理論を実践に応用する力を養いました。
さらに、インターンシップの経験も積んでおります。夏季休暇中には、ベンチャー企業でのインターンシップに参加し、マーケティング部門で実務を経験しました。市場――」
「もういいよ」
「え?」
「いや、もういいよ。帰って。何か君さ。書類見てても感じたんだけど、物語的に面白くないんだよね。君」
まただ――
「一応聞くけど人並み外れた特技は?才能は?独特な性癖や嗜好はもってる?」
「...ないです」
「絶望したことある?誰かが死んで衝撃を受けたことは?命の危険を感じたことは?」
「…ないです」
「うん。もう新入社員の面接は君で最後だから言うけどさ。やっぱり今の世間の基準は物語があるかどうかなわけ。だからさ、うちとしても面白い物語にあふれる社員でいっぱいにしたいわけ。その分だけ世間の評判がよくなるから。だから君ももっと面白い経験をしてから就活するといいよ。
…ゼミ?インターン?う〜ん。うちに来る人はそれ、既にやってる人ばかりなんだよね」
髪の薄い面接官はそう言って去っていった。
落ちた…
また落ちたよ…
どこにも受からない。
なんで?
私が普通だから。
「香織ちゃんって普通だよね―――」
普通。
「普通でいいなあ。羨ましいよ」
普通。
「みんなは普通じゃない方がいいっていうけどさ。普通の方が絶対楽じゃんね」
普通。
私は普通だった。
周りの子たちはいつだって物語にあふれていた。
若くして両親に先立たれた子。余命3年と医者に宣告されたけど、4年経った今も元気に生き続けている子。社会に適応しきれず自分の道を切り開いた子。
すごいな。と思う。でもそれと同時に。どうしてもどこかの私が私に尋ねる。
なんで私は普通なの?
私には...何もない。
人に誇れるような才能も性格も人間関係も。何も。何もない。
普通になりたくない…
[~♪Under Pressure]
頭の中で最近気に入った曲をかける。
土砂降りの雨の中を傘を両手でさして帰る。
私は今まで一生懸命生きてきた。
小学生にやってたピアノも勉強も部活もサークルもインターンも、何でも一生懸命に取り組んできた。
でも、他の人からしたらそれは、私が生きてきた物語は、面白くないといわれる。
どうしたらよかったのか。
別に私は人に面白いと思われたいなどとは思っていない。
でも、就職はしなくてはならない。
お金がなければ生きてはいけない。この時代になってもお金はまだ物語の一部として機能していた。いや、よりお金という物語性が以前より強くなっているのかもしれない。
物語に対する確固たる信頼。
その信頼がより強固なものになった今日。私のような普通の人間は就職することが本当に難しい。
なんで私は普通なの?
私が悪いんだ。この社会は悪くない。というか善いとか悪いとかは社会に関して言えばそんなものはそもそもないんだと思う。これまで普通の日常に満足していた私が悪いんだ。
新卒が就職する時期ももう終わってしまう。
どうしようかな…
私には恋人もいたことがない。当然、男友達もいない。
反抗期も特になく、姉弟もいないから誰かと喧嘩したこともない。
人生に絶望したことも無ければ、特別、何か人に誇れる才能を持っているわけでもない。
「香織は普通だから最強でしょ」
「普通だから絶望することもないし」
「私も香織みたいに普通だったらなぁ」
どうしようかな…
私は面接に行った会社から家に帰る。
外は土砂降りだったので、シャワーを浴びて、髪をドライヤーで丁寧に乾かして、パジャマに着替えてからベッドに倒れこむ。
携帯に目をやる。
今既に入っている予定だと、面接までこぎつけた会社は次で最後になる。
おそらくこの会社は私が卒業した大学の名前だけをみて、書類選考を通したのだろう。
私が出た大学は有名な大学で、たくさんの狂人を輩出していた。そんななかで何の物語も持ち合わせていなかった私は当然、浮いた。みんなは自分の好きなことに没頭していて私だけが取り残されていた。いや、そもそも私は彼らの物語に存在していなかった。
私は空気だった。
とにかく明日で最後。それより先のことは取りあえず考えない。
明日も全力で行く。一生懸命に。
最後の面接。相手は穏やかそうなカジュアルな面接官だった。
私がひと通り話し終えた後、カジュアルな面接官に言われた。
「もういいよ。君普通だから」
まただ―――
なんで私は普通なの?
「君。正直に言ってさ…面白くない――」
これで何度目だろう。でもこのフレーズを言われるのも今日で最後だ。
最後か…
どうせ最後なら…
もう少しだけ…
頑張りたい。
「も…もう一度、チャンスをください」
もう少しだけ…もがきたい。
「ん…?いやでも……君普通だしな…」
「私の周りには普通ではない子ばかりでした。いつもその子たちにあなたは普通でいいね。羨ましいって言われていました。けど、私は普通になりたくなかったんです。普通になりたくないのにいつも既定値に落ち着いてしまう自分。そんな自分が私は嫌いでした。でも…最近ようやくわかったんです。これが私なんだって。普通になりたくないともがきながらも普通で居続けてしまう自分。これが私の物語なんだって。だからチャンスをください。こんな普通の私でも、いや普通だからこそ。普通な人間でも社会でうまくやっていけるんだってことを示すいい見本になると思うんです。私は、私は普通の人間だから、みんなのお手本になれるんです。私がみんなの足りない部分を既定値まで引き上げて見せます。私は、普通じゃないみんなを支える関わり方をすることで、私と同じ普通の子に自信を与えたいんです」
気づけば夢中で話していた。
「……面白い。いいね」
カジュアルな面接官はそう一言呟き、人差し指を口にあてて考えた。
その後長い沈黙が流れた。
「よし。君採用」
…え?
香織はきょとんとした顔をする。
「言ったでしょ?採用って。いや、本当は普通の人は採用しちゃいけないんだけどさ。なんか…グッときちゃったよ…なんでだろう…何か忘れていたような…まぁいいや。とにかく、入社式に関する情報とかはあとでメールで送っとくから。見といてね。じゃ、また」
そういってカジュアルな面接官は去っていった。
そうして私は本当にこの会社に入社した。会社の先輩や同僚からは「君。あんまり面白くないね」と言われ続けた。だがそれも初めの方だけで段々とそういわれることは減っていった。でもきっと心の中ではまだそう思われ続けているのだろう。
私は普通だ。私が狂人になれることはこの先も多分ないのだと思う。
それでも私はこの社会で生きていくしかない。
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