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小さな妖精譚―のばらの妖精

 のばらの生け垣をご覧なさい。妖精たちをおどかさないように、そうっと、ご覧なさい。小さな妖精が、ほら、そこの小枝に座って、長い金の髪を棘の櫛できれいに梳いています。その隣では、ほかの妖精が、今まさに咲こうとしている蕾に、歌を歌って聞かせています。妖精が歌うことで、花は咲くことができるのです。上を見上げてご覧なさい。何人かの妖精たちが、小枝の上で踊っています。棘を踏まずにいつまで踊れるか、みんなで競っているのです。でも、うっかり踏んでも大丈夫。花びらのように軽やかな彼らの身体では、ちっとも痛くはありません。
 こののばらの木の、一番太い幹の中には、のばらの妖精たちの女王さまが住んでいます。彼女の姿は、私たちの目には見ることができません。でも、確かにいるのです。だって、この女王さまがいなければ、木は蕾をつけたり、すてきな香りをさせたりすることも、ないのですから。これから、彼女のお話をしましょう。

 のばらの妖精の女王さまは、とても美しくて、まるで人間のお姫さまのようです。のばらの妖精の髪の毛は、みんな、花の芯と同じ金色をしていますが、女王さまの髪は特別きれいで、まわりを明るく照らすほどです。肌は、花びらよりも白く透き通っています。そして、蜘蛛が編んでくれた、月の光にも負けないほど銀色に輝く、すてきなドレスを着ているのです。でも、何より大切なのは、その心の優しさです。どんなに見かけが美しくても、心が美しくなければ、意味がありませんものね。
 のばらの妖精たちは、みんな、この女王さまのことが大好きで、お母さんのように思っています。もちろん女王さまも、妖精たちのことが大好きなのです。女王さまはいつも、小さな赤ん坊を胸に抱いていて、かいがいしくお世話をしています。この赤ん坊こそが、のばらの木です。女王さまが大切に育てているから、木は健やかに生きているのです。

 ある日の輝く昼下がり、女王さまはお家を訪ねてきた妖精たちの遊び相手になっていました。女王さまのきれいな髪を梳いていた一人の妖精が言いました。
「あら? 私たちの女王さまには、冠がないわ」
 まわりの妖精たちも、驚いて、「そうだ!」「本当だ!」と口々に言いました。今までは、考えたこともなかったのです。すると、女王さまがにっこりほほえんで言いました。
「ええ。私には、金の冠なんて、ちっともいらないのよ。みんなが仲良く手をつないでいてくれたら、それが何よりすてきな冠なんですもの」
 みんなは、「そうかあ」と言って、しっかり手を握り合いました。でも、はじめに言い出した妖精だけは、「それでも、やっぱりきれいな冠をあげたいな」と、心の中でつぶやきました。
 そこで、夜になり、女王さまがお眠りになった後、お隣の花を訪ねて言いました―――妖精はみんな、花の中で眠るのです。
「私たちで、女王さまのために冠を作りましょうよ」
「とてもいい考えだけど、どうやって作るの?」
 妖精たちはみんな起きだして、どうやってすてきな冠を作るか話し合いました。それは夜遅く、月が眠たくなるまで続きました。

 翌朝になりました。少し寝坊した妖精たちも元気に起きだすと、すぐに、のばらの小枝に語りかけました。

―――枝をぐんと伸ばしてちょうだい でもね、棘はいらないのよ 女王さまの冠になるんですもの 女王さまは棘がなくても 意地悪なんて絶対にしないわ! ―――

 そこで小枝は安心して、棘のない新しい枝をたくさん伸ばしました。さらに妖精たちは、別の小枝に歌いかけました。

―――お花をたくさん咲かせてね 咲いて 咲いて 美しく 女王さまの冠になるのよ! ―――

 すると枝は喜んで、次々に見事な白い花を咲かせました。妖精たちは早速、柔らかい小枝を取って、きれいな輪っかを編みました。そして、楽しく歌ったり、踊ったりしながら、白い花を輪っかにたくさん差していきました。

―――心優しいお母さん! いつも、のばらの木のそばに 木に選ばれた一番の妖精 私たちみんな、大好きよ 木の赤ちゃんも、大好きよ 木と私たちのお母さん、いつまでも一緒にいてね 私たちみんな、ずっと仲良しでいられますように! ―――

 こうして、とっておきのすてきな冠ができました。この宝物をもらった時の、女王さまのお喜びといったら! その時から、のばらの妖精の女王さまはいつも、その流れる金の髪に、白いのばらの冠を頂いています。みんなはこれからも、ずっと仲良く幸せに暮らすでしょう。妖精たちが冠に、願いを込めたのですから。

おしまい

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