第十二章 想い出⑤
吐き気がして、止まらなかった。
トイレの個室で、思わず吐いてしまう。
吐こうとすると、涙が出る。
涙があふれてくる。
一哉が、変に思うかもしれない。
必死で、アイライナーやファンデーションが落ちないように気をつけながら涙を拭く。
冷静に、冷静に。
そして、会場へと戻った。
「梨紗、どした?大丈夫?」
「うん、大丈夫……トイレ、さっきから我慢してて」
一哉はあたしの顔を覗き込むようにしてみせたが、特に何を言うでもなかった。
岬……。
どうか、あたしを見つけないで。
「次は、エントリーナンバー八番、歌舞伎町『サムサラ』総支配人、拓巳さんです!」
拓巳……。
拓巳は、少し緊張した面持ちだ。
だが、はっきり言って今のあたしは拓巳どころじゃなかった。
それでも、これは意地でも拓巳にグランプリを獲って欲しい……。
岬にだけは、グランプリを獲らせたくはない!
お願い……。
あたしのそんな密かな願いは、虚しいまま……空回りする。
二時間後、グランプリが発表された。
グランプリを獲得したのは……。
拓巳ではない。
岬だった。
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