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パワハラについての所感

Twitterでも記したが
昨今、演劇界では
#ME TOO 
のようなハラスメントに関して
大変な事象が世間を賑わせている。

僕がこの世界に飛び込んのは
18歳の終わり。

今から17年前だ。

初めて、飛び込んだ演劇の学びの場は
老舗の劇団の演劇集団 円の研究所

ここでの学びが今の自分の演劇感を作っていることは間違いない。

その中で心に残っている二つの出来事を
紹介する。

一つ目
「お前出るのやめろ」

これは、
演習授業の発表会の直前で言われたことだ。

状況
最終リハーサル

その日は
研究所内で行われる発表会の最終日だった。
四人の俳優が長編の戯曲を抜粋し
25分ほどの一幕ものを演じる作品だった。
研究所内ではあったが
初めての作品発表のタイミングだったので
稽古期間も3ヶ月ほどあっただろうか。
役をもらい、自分なりにアイデアを詰め
採用される、若しくは修正されていく稽古だった。

当時の担当されていた演出の方は
俳優としても活躍しており
役者の提案に寄り添ってくれる方だった。

そのシーンの最中
僕は下手のテーブルに座る事を仲間達と決め
席に座る事が決まっていた。

シーン稽古の最中は色々な場所に座ったり座る体制をかえるなどしていた。
そして、度々稽古場ではシーンの状況もあり
笑いが起きていた。

最終リハーサルとはいえ
僕は出番の直前に思いついてしまった。
あれ?こっちに座ったほうが印象として面白いんじゃない?

当然、稽古場では怒られた事もないし
なんの迷いもなく思いついた行動にでる。
少しではあるが若干見学している
研究生からも笑いが漏れた。

その笑いに自信をつけた僕は
その発表会の稽古の中で1番乗っていると感じていた。

しかし、最終リハーサルが終わった時に
演出家より表に出ろといわれ
呼び出される。

そこで、見たことのない怒りの形相で演出家に言われた一言が見出しにもある

お前出るのやめろ

だった。

皆が必死に作り上げたシーンをお前のスタンドプレーでぶち壊すな。
芝居は作り上げるものなんだ。
作り上げたものを信じて
その場所にいるからできるんだよ。
目立ちたいだけならやめてしまえ。

要約はしたが30分ほど説き伏せられた。
最後には演出家も僕も泣いていた。

そして、それ以来
僕は二度とリハーサルで稽古ではやっていないことはしなくなった。

二つ目  「お前でるの辞めるか?」

これは、研究所を卒業して
出た作品。

恋中である相手がいる
初めての作品だった。
今となっては苦い思い出も笑い話だが
僕は恋人がいる作品が苦手になったのは
この作品だと思う。

相手役は年上の女優
僕の役は相手から恋をされている役だったが
途中から立場が逆転し僕が相手を求める立場だった。
状況もあり様々な場所で上演されている有名作品なので、やりがいもあり様々な事にトライした
しかし、技量も周りの俳優に比べ劣っている僕は
演出家のターゲットとなってしまった。
稽古に行くたびに

お前下手だな。
もうちょっとできると思って起用したのに。
〇〇さぁ(相手役)朋基相手だとやりづらいだろ。
俺が(演出家)やるからみとけ。
〇〇、俺との方がやりやすいだろ?
と言われ続けた。
挙句、年下の俳優からは
小森谷さんが怒られると俺たち怒られないからやりやすいっすとまで言われた。
だが、僕の印象としては
決して全員が僕より上手いわけではなく
むしろ初舞台の女の子達や何度かその座組にでている若手は何故かいいよ、すごいよとニコニコ演出家がいっているギャップに混乱したものだ。

当時の僕はオーディションで
その作品への出演が決まり
ノルマも80枚。
必死に稽古しながらチラシのDMも夜な夜な書き
送り続けていた。

また、その現場はノルマ数と稽古の進捗に不満を持った役者が途中で2名も降板する現場だった。

そして、本番の一週間前に言われたのが
その言葉。

(補足ではあるがこの公演はダブルキャスト
前述したキャストの降板もあり
僕は降板した役者の代役として逆チームにも出演していた。)

稽古場からの帰宅最中。

演出家から電話が入った。
正直今のレベルだと自分の名前に傷つくから
もう片方の班の役者と入れ替えようと思う
意志確認したいんだけどでるの辞めるか?

正直気持ちとしては
もう二度とお芝居なんて出たくなかったが
沢山の友達が、知り合いが見にきてくれると約束してくれていたので 
出たいですと伝えた。
でもなぁ…と相手
ちょっとまた連絡する。
と言われ電話を切られた。

僕は母親に電話し
下ろされるかもしれないと伝えた。
母親の力強い励ましはあったが
正直芝居を辞めたいと思っていた。

しばらくして演出家からの
電話がまたくる。

勇気を持って振り絞った出た電話口は

「やっぱりでるか?チケットも売れてるしみんなに迷惑かかるし。俺もお前に成長してほしいと思って稽古場できつくいっちゃったよな。誰かに言ったりしてないよな?ごめんな。」

僕は泣いた。

以上の2点だ。


どうだろうか。
同じ辞めろと言う言葉なのに
同じ泣くと言う事象が僕に起きているのに。

この、想いのベクトルが
ハラスメントという言葉で混同されている気がする。

前者の演出家とは
僕は街中であったら必ず声をかける
相手の方も
おお!お前何してんだ!元気か!
と気さくに応じてくれる。

後者の演出家は僕は名前を見た瞬間
どんなにお世話になっている先輩が出ようと
可愛がっている後輩がでようと
観に行くことは決してない。

演劇を指導する
という事は非常に難しい。

僕の考えでは
土台、アーティストというのは世に
「価値」
を生み出していく事が命題ではないからだ。
好きな事を自分の価値観を通して好きに表現し
(もちろん圧倒的苦悩もともなう)
それを、気に入った人が対価を払って生活する職業だ。

だからこそ、言ってみれば好みの世界でもある。

特に日本と言う国は
言われたことをできない事が「ダメ」
と教育される。
1番大きな例は通信簿だろうか。

現場でパワーを持つとされる
プロデューサー、演出、代表、主宰
(演出を兼任するうちのような団体も数多い)
はキャスティングに責任を持つ必要がある。
自分たちが選んだのだから。
だから、選んだ人間を現場で
罵倒して苦しめてはいけないんだ。
それを、してしまう事は
自分への否定である事を肝に銘じなければいけない。
全ては自分の課題。
(アドラーみたいだな)

最後に 

ここまで書いた事は僕の印象も含まれているが
僕が捉えた事実だ。

そして、団体を立ち上げた中で
自分自身も過去、何度もやってはいけない事をしてしまった事があると反省する。

情熱と不満を勘違いしないように。

自戒も込めてここに記す。

今回はパワハラについてだったので
演劇以外の就職も経験した立場として
セクハラについても、筆を取るタイミングを
作り言及したい。
















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