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思い出される人たち

九州の大雨の被害を報道で見るたび胸が痛む。

特に熊本県は、仲良くしてくれていた友人の出身地でその地域名と現場の様子が映し出されると、友人の顔が浮かぶ。

「山に囲まれた絵に描いたような田舎だけど、食べ物は美味しいし歴史深くて、暖かい町」だと、お酒を飲みながら話してくれた日の情景が思い出される。

「今度帰省する時、一緒について行かせてよ〜」なんて言いながら、訪れることはなく、連絡も取らなくなった。

というよりも、私が一方的に断ち切ったという方が正しい。
大学3年時に、摂食障害で入院して、その後今までの友人逹と会うのが怖くなった。入院して留年することが決まり、遅れをとった恥ずかしい自分を見られたくない。自分の見た目に固執する病ゆえに、太って醜くなった私で会いたくない。引きこもりがちになり、友達との関わりを一切切った。連絡先も全部消した。

「友達を無くす寂しさ」よりも「今の自分を隠したい思い」が強かった。後悔はないはずだったのに、仲良くしてくれていた人に関する話題が出ると、「元気かな」とか「大丈夫かな」と案じてしまう。不躾に、一方的に関係を断ち切った私にそんな権利はないのに。

でも、「案じてしまう」ことができる余裕が今は出てきたのだと客観的に安心もする。以前は、お世話になった友人達でさえ「敵」とみなしていた自分がいた。
遅れをとっているのは、自分自身の生き方のせいなのに、うまく行っている(当たり前を当たり前にできている)友人を妬ましく思っていた。

そう考えると、私の「連絡先を削除する」という行為は「敵を排除する」ことと同じだったということだ。当時の私には、それが正当防衛だったのか…

そんな私が「友人は大切にしよう!」とは言えない。けれど、これから出会う人は絶対に大切にしたい。出会う人がいれば去る人もいるだろうが、その人にはその人の生き方があって、それを好転させるために去るのだと思える。多分、その場面にあっても昔より悲観的にはならない。

私には、安否を確認する手段もなく、直接支援をする権利もない。このもどかしい気持ちを間接的に形にすることにした。
微力ながらふるさと納税をその地域にさせて頂いた。

一刻も早く、彼の言っていた「暖かい町」が戻ってきますように。今は、そんな流暢なことは言えない状態であろうが、強く願っている。


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