見出し画像

遊行者たちの行方【第二話】

第二話

私は、キラ様を追って、竹林の間に分け入り、奥へと進んでいきました。
少し開けた所に来たなと感じると、前方に草庵と呼べるような小屋が見えたのです。

その小屋の前までは、細い石畳の道が一筋通っていました。

小屋に近づくと、真ん丸とお腹を膨らませた狸が、石畳の道の上に二本足で立っているのを確認できたのです。

その狸は黒の作務衣を着て、藁箒(ワラボウキ)で掃き掃除をしておりました。
石畳の上には僅かの塵でも残してはならないという気持ちなのか、夢中になって掃いていました。

近づいてくる私にその狸が気づくと、初めは目を丸くし、身体の動きを全て静止したかのように直立不動となっていました。

しかし、すぐに思い出したかのように、
「おお!人間の旦那様ですね。お待ちしておりましたぞ。こちらにて、キラの旦那様がお待ちですぜ。」と話し出し、小屋に入るようにと手で促してきたのです。

小屋には、腰をかがめて入れと言わんばかりの低い位置に小さな入口がありました。

入ってみると、そこは暗がりとなっていて、窓は小さく外界からの光は通りにくい設計で、い草畳の部屋でした。

気づくと、入ってきた扉は閉められ、私は出口を失ったのです。
観念して、静かに畳の上で正座していました。

すると、周りが暗闇のせいか、小屋のはずなのに、広い宇宙空間にいるような、不思議な感覚になるのが分かりました。

少し暗さに慣れてきたなと思う頃、部屋の奥に目をやると、キラ様と思しき猫が香箱座りをして、こちらを見つめているのが確認できたのです。

すると、その方角から声がしました。
しかも、ニヤついているかのような印象の声が響いてきたのです。
「やっと見えるようになってきたかな?人間は暗いのが苦手と見える。」

その声でキラ様だと確信しました。

私は「なぜ、早くに声をかけてくださらなかったのですか?」と返しました。

すると、キラ様は「現代の人間の目は明るい方向ばかり見ているからな。暗いものを自然と見ざるを得ない状況に追い込む必要があったのよ。」と、私たち人間たちを見通すような発言を再びされたのです。

キラ様は続けて話されます。

「我々の一族は暗い方が動きやすいからな。こういう庵は、うってつけの寝所よ。しかし、お前ら人間たちにとっても必要な所と思うがな。このように狭くて暗いところが・・・」

すると、キラ様の方から何やら芳(カグワ)しい香りが漂ってくるのを感じました。

「良い匂いだろ。私の後ろに白檀(ビャクダン)の香木があるのでね。どうだ?目を使わないことで、より鼻も利くようになるだろう?」

キラ様の言葉通り、確かに普段より匂いに敏感になった気がするのでした。

落ち着いてきたところで、私は、キラ様に持っていた疑問を投げかけてみたのでした。

「ここに来るまでの間、狸や仁王像たちにお会いしました。何物なのでしょうか?」

薄暗さの中でしたが、一瞬、キラ様の目は丸くなったように見えました。
しかし、すぐに細目となり、こちらを見つめてくるのでした。思い出したような口調で話始めます。
「あれは、皆狸だよ。狸の家族だよ。3匹いるのよ。この家の部屋を貸す代わりにね、働いてもらっているのだよ。」

「狸ですか?しかも、雇っているということですか?」私は驚きながら尋ねます。

「そうよ。しかも給金まで払ってるからな。金さえ与えれば、よく働くよな。あの狸たちは。」
クスクス笑いながら答えるようでした。

私は、猫のキラ様が、狸と共に暮らしていることが不思議でなりませんでした。

キラ様は続けて話します。
「この家と金が尽きない限り、あの狸たちは私に従い続けるのよ。しばらく使い雇い続けるつもりよ。彼らは用心棒としても役に立つからな。」

「用心棒ですか?」と驚き私は答えます。

「そうだよ。私の用心棒だよ。最近、私を狙って来る者たちがいるのでね。」

「そうなのですか?」

「私を何かの敵と勘違いしている奴らがね。この前は、ちょっと危なかったよ。」と話しながら、この額を見てみろと、私に見せつけてくるのでした。
近づいてよく見ると、キラ様の額には、傷口がありました。三日月形に切れた痕(アト)なのか、毛が抜けている部分を薄っすらと確認できたのでした。

「キラ様は、なぜ命を狙われているのですか?」

「なぜ?不思議な質問だな。縄張りの違うモノ同士が顔を合わせると、当然の如く、張り詰めた空気になるだろう?」続けてキラ様が話します

「よそ者が自分の行動範囲に入ってくることは、簡単には受け入れられんということよ。入ってくるならば、それなりの礼儀がいるだろう?
何かしらの供物を持ってくるとかな。にもかかわらず、奴らは、それを心得ぬのだよ。田舎モノだからだろうな。
顔を合わせた瞬間、ろくに話もせずに、いきなり爪で引っ掻いてきやがったからなあ。」

「それは、昔の江戸(エド)時代に起きた討ち入り事件につながる話みたいですね。」と私が返すと、「昔のエドの話?」とキラ様は目を丸くしています。

「雪の降る夜、江戸の街に起きた事件です。」
すかさず私は補足し、説明を始めたのです。

【続】

私たち人間を見透かしてるような猫のキラ様

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?