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『時の迷路』

時の迷路に迷い込んでしまった。
ここでは時系列に時が流れていない。
突然子供の頃に戻ったかと思えば、昨日と同じ体験をしたりする。
夜から朝に一日を遡ることだってある。
この迷路で僕は、子供の頃に亡くなってしまった大好きな祖父母に出会い
飼っている年老いた犬が元気に駆け回る姿を眺め
遠くに転校したきり一度も会っていない友達を懐かしみ
別れてしまった彼女がいつもの場所で僕を待つ姿を見た。
どれももう二度と見るはずのない光景だった。
そしてどれももう取り戻すことのできないものだった。
思い出に埋もれたままおかしくなってしまいそうだった。
僕はこの迷路から出なければと思った。
このままでは僕は未来に行くことができない。
僕は駆け出した。

どれくらい走り回っただろうか。
違う道、違う角、同じ道、同じ角、、、
数々の思い出を振り切りながら僕は走った。
そしてある角を曲がったところで立ち止まった。
その先は行き止まりになっていた。
高くそびえる壁が立ち塞がり先に行くことを拒んでいた。
その行き止まりに一人の老人がうずくまっている。
みすぼらしい格好のその老人は壁に向かって何かつぶやいていた。
「あの、、、」
僕が声をかけると、老人はつぶやいたままこちらを向いた。
その顔に見覚えがあった。

「あ」
それは僕だった。
かなり歳をとってはいるが間違いなく僕の姿だった。
老人は視点の定まらない目で僕を見ると、
悲しそうな顔をしてまた壁の方を向いた。
僕はその隣に座り込んだ。

どれほど、こうしているだろう。
時間の経過はここでは意味をなさない。
老人のつぶやきは今も続いている。
「デラレナイ、デラレナイ、デラレナイ、、、」

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