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『メモ』

山積みの書類の中にそれはあった。
小さく折りたたまれた1枚のメモ。
僕は急いで書類の山に遭難したメモを救う。
書類の山が崩れ床に散乱したが構うことはなかった。

「メモ、見てくれなかったの?、、、」
会社からの帰宅途中にふいに鳴った携帯から
彼女の消え入りそうな声がしたのが1時間前のこと。
慌てて会社に引き返し、今ようやくメモを手にしたのだ。

メモを開くよりも先に彼女の携帯番号を呼び出す。
10回目のコールの後聞こえてきた彼女の声は深く沈んでいた。

「ごめんよ、得意先周りから帰ったあとそのまま会社を出たんだ」
「でも、机のメモを見るくらいのことは出来たでしょ?
 分かるところに置いてあったはずよ」
「他のヤツがその上に資料を置いたらしくて見えなかったんだよ」
「普通、会社に戻って机に新しい資料があったら見てみるんじゃない?」
「今日は疲れていたし、あまりの資料の多さに明日にしようと思って
そのままにしておいたんだよ」
「そんなの理由にならないわ」

そういうと彼女は電話を切った。
僕と彼女をつなぐ糸を切られたような想いだった。
そのあと何度コールしても彼女が出ることはなかった。

「いったい何だってんだ、、、」
僕は携帯を握りしめながらしばらく突っ立っていたが、
手に握ったメモの内容を見ていないことを思い出した。

多分会う時間と場所でも書いてあるのだろう。
それをすっぽかされたとして怒っているのに違いない。
しかし、メモがあることに気付かなかった僕も
悪いかもしれないがメモを置いただけの彼女も悪いのではないか?
ここにきてようやく彼女に対する不満が
僕の中に少しづつ芽生え始めていた。

丁寧に折りたたまれたメモを開くと
彼女特有の少し右上がりの字が見えてきた。

メモには、
「この資料、明日朝一の会議に使うから項目ごとに
 仕分けして各部署の人数分コピーして綴じておいて」
と書かれていた。

「そんなぁ、、、」
上司を彼女に持つとつらい、、、
今日は何時に帰れるのだろう。

僕の気持ちを見透かしたように
時計の長針がてっぺんでカチリと音を立てた。
僕は床に散乱した資料を見つめ途方にくれた。

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