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『ホットドッグ早食い大会』(後編)

ゼッケン2番。彼はひたすらホットドッグを口に放り込んでいく。
右隣にいる前回チャンピオンの日本人は自分のペースを守りながら
順調にホットドッグを口に運んでいるように見える。
しかしその顔をよく見ると、ちらりちらりと隣を見ているのが分かる。
明らかに動揺している。それほど今回のチャレンジャーはすさまじかった。
なにしろ、噛むこともせずに次々とホットドッグを平らげているのだ。
何なんだこいつは?
観客だけでなく、他の出場者でさえ手を止めて見入っている。
開始から7分が経過しようとしていた。
彼の圧勝、誰もこのスピードには追いつかない。
それでも彼はホットドッグを送り込む手をやめない。
(ざまぁみろだ、ファッキンジャップめ)
勝負はすでに見えていた。
しかしスピードを緩める気はなかった。
記録、そう記録だ。
誰にも破られない記録を打ち立てるんだ。
制限時間は12分、スタート前に薬を塗ったため
10分間という薬の効能はそろそろ切れるころだ。
それまで放り込みつづけてやろう。

しかし、ここで彼に異変が起きた。
何かが詰まったように見えた。が、そうではない。
彼の口から細くて黒い腕が出てきたのである。
観客はすでに彼だけを見ていたため、そのほとんどが
彼の口から伸びた腕を見ることとなった。
腕は口から伸びると大量に積まれたホットドッグをつかみ
また口へと消えていった。

一方、アフリカの村ではホットドッグをめぐって騒ぎが起きていた。
アメリカから帰ってきた男が話した『ホットドッグ早食い大会』の話は
彼の村だけでなく、となり村、そのまたとなり村まで伝わっていた。
なにしろ、アメリカから大量のホットドッグが届くのだから。
穴からホットドッグが届くたび、村人たちは我先に奪い合った。
やがて穴が塞がり始めた。ホットドッグはまだ全員に行き渡っていない。
慌てた者が、その穴に腕を差し入れた。
そして、穴から引き抜いた腕の先にホットドッグが握られているのを
見た他の者達は、我先に穴に腕を差し入れようとした。
そして塞がろうとしている穴のふちに手をかけ、
穴を広げだしたのである。

『ホットドッグ早食い大会』の会場は大混乱に陥っていた。
なにしろ、出場者の口から黒い腕が何本も生えてきて
ホットドッグを掴んでは口に消えていくのである。
あっけにとられる者、逃げ惑う者、叫び声をあげる者、
子供を置き去りにして駆け出す親、親とはぐれた子供、
会場は戦争でも起きたかのような騒ぎであった。

やがて彼の口から生えていた数本の腕が
一度に口の中へ消えたかと思うと、
今度は口が考えられないような大きさに広がった。
そして、その中から人がわらわらと出てきたのである。
次から次へと口から出てくる人たちは
ホットドッグを片っ端から食べ始めた。

アフリカの村では、数人の男たちが力の限り穴を広げ
塞がるのを食い止めようとしていた。
広げた穴には次々と村人が入っていく。
穴に入る者たちの腰には、木の皮を編んで作ったロープが
巻きつけてあった。

やがて穴を広げていた男たちが大声をあげた。
「もう無理だ、穴が塞がるぞ!」
それを合図に穴に向かって女達が叫んだ。
「みんな、戻りなさ~い!!」
そして残った男たちが一斉にロープを引き始めた。

『ホットドッグ早食い大会』の会場で
ホットドッグをむさぼっていた村人たちは、
女たちの声が聞こえると辺りのホットドッグを脇に抱え込んだ。
そして、ロープにひかれるままに口の中に帰っていった。

すべての村人達が口の中に入っていくと、
今まで広がっていた口が急速に閉じようとした。
口から人を吐き出すという芸当を見せた男は今や注目の的であった。
逃げ遅れた観客は、彼を見つめた。
彼は一時たりともこの場にいたくなくて
思わず自分の口の中に両手を突っ込んだ。
するとその手を誰かが掴んだかと思うと強い力で引き込まれた。

彼は、観客の見ている前で、自分の口の中に
ずるずるずるずる・・・

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