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自閉症スペクトラムの診断書にみるメンタル疾患との共通点について考察してみる

⭐️当事者の方には、好感度が低い表現が含まれているかもしれません。


我が家の息子は、3歳で自閉症スペクトラム・発達性協調運動障害と診断されました。児童精神科を受診するのには、物凄い勇気と覚悟がいり、予約すら震える手で電話をしたのを覚えています。


診断された日に、既に幼稚園に登園していたので、主治医に園に提出する診断書をお願いしました。息子が出来ないには理由があると医学的に証明する事で、少しでも息子の生きづらさが軽減されたらと願ったのでした。


しかし、診断書の内容を初めて見た時の衝撃。自閉症スペクトラムという文字の破壊力は凄まじく、膝から力が抜けて、心も体もどこかへ持っていかれてしまいそうになり、身の置きどろこを探す日々が暫く続きます。

他人に、我が子の発達の遅さ、出来なさ加減を評価されるのは、本当に辛く、親が原因ではない、脳の気質だと言われても自らを責めるのをやめられなかった。ましてや、息子は言葉が遅く会話が成り立つのは果たしていつになるのか暗中模索であった時期であり、尚のこと堪えたのです。


同じ自閉症スペクトラムでも、人それぞれに症状は違ってきて、息子の場合は抑制傾向であり、初めての人や物、取り組み、建物に至るまで全ての新しいことが苦手で、

例えば初めてのオムツ替台だと泣き叫んで激しく転がり、危険な為にオムツ替え台の使用は出来ず、自家用車内で生後9ヶ月頃からオムツが外れた3歳までそれは続きました。


という事は、発達検査をする時は大概初めてばかりです。普段見ている息子の状態より重く判定されてしまう。そのジレンマを抱えてきて、現在も解消されてはいません。


3年生になり行った、作業療法分野からみるLDの検査結果には、

✴︎通級もしくは、特別支援学級が望ましい。
✴︎外部の刺激に弱いため、静かな環境が望ましい。
✴︎黒板とノートの視線の動きに苦手さを伴うため、1番前の真ん中位置の座席に座り、なおかつ、黒板と座席の位置を狭めるのが望ましい。


この様な、望ましい。が並んだ。

さらに、長い文章を読むには下敷きなどを使い隠しながら読む、外部刺激についてはパーテーションを利用するなどの提案もありました。(読む力は年齢相応よりあるという判定ですが、このような記載)


普段の息子の様子を見ている親からすれば、とんでもなくずれている配慮です。だが、病院側は大真面目であり、息子の為を思い意見してくれており、息子本人も自らの苦手について認めていく時期に来ているのだというのです。


この診断書を、親であるママのメンタル疾患で診断書を貰ってきたらと考えてみました。(内容については架空です)



とのむらのりこ

病名)全般性不安障害


✴︎病的に不安になる傾向があり、マイナスな事柄を避けて生活するのが望ましい。
✴︎結婚はパートナーの理解を得てからするのが、望ましい。また、妊娠•出産については、周囲のサポートが必須であり、様々な調整が必要な可能性がある。
✴︎環境変化を避けるのが望ましい。特に、結婚•妊娠•出産•引っ越しには注意を払うのが望ましい。


ストレス過多の環境は、さらに病状を悪化させかねない為、家族や職場の理解は必須である。就業する場合は1日3時間、週2日程度が望ましく、季節の変わり目など刺激が強い時期には休職も視野に入れるべきである。


これ、書いていて……とても違和感。何故なら、これは支援でも配慮でもなく、区別だと感じますし、何にも出来ないよね。生きながら死ねと言われているのと一緒に感じてしまいます。マイナスな事を避けて生活など出来るのでしょうか。



もし、このまま当てはめるならば、ママは結婚も、ましてや妊娠•出産も、地元から離れてワンオペ育児も、引っ越しもするべきでなく、アスペルガー夫との暮らしや、息子の療育についても、ママの主治医から見たらとんでもなく負担がかかっている事になってしまう。


だが、実際には結婚する前の病状より、とんでもなく負担がかかっている現在の方が症状は快方に向かい、精神面のみならず、体調面でも食事を美味しく食べれる様になり、体重は10キロ増加しているのですよ。


アスペルガー夫が思わず、
「ママの後ろ姿、凄い迫力だね」
と言ってしまうほどに、エネルギーが溢れている。


息子の自閉症スペクトラムと、ママの全般性不安障害の共通点は、外からは困り感が見えにくいという点であり、要は診断する医師の主観が主ではないでしょうか。だから、本来の姿とずれてしまう事はどうしても避けられないのかなとは感じるのですが……。


ですが、どうでしょう??


当事者は、過剰な配慮や支援を望んでいるんでしょうか?


ママは違うと思います。本人が望まない支援や配慮が、自尊心を粉々にしてしまう事実に、目を背けていていいんだろうか?と感じます。


息子本人を見てください。
特性がある、自閉症スペクトラムの息子ではない。
息子には、息子の頑張りがある。
お友達にはお友達の頑張りがある。


ただ、それだけの事と思います。



一当事者であるママの個人的な見解となりますが、社会の中に居場所を作る手助けを、どうか、どうか
そちらの手助けをお願いしたいです。


今回この記事を書いたのは、出来ない事を本人が認めるのがよしとされる傾向にある。それを促すのが正義だという風潮は違うと思うからです。正義は誰が決めたんでしょう? その、「出来る」は誰が決めたのでしょう?


わたしは、わたしの信じる正義でいたいと思う。
それが世間的には間違っていても、ママは息子の可能性を信じる。親はそれでいいと思うのです。




〈LDについて〉






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