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#飛鳥時代

日本仏像史メモ(飛鳥・奈良時代)

日本仏像史メモ(飛鳥・奈良時代)

※勉強のためのメモにつき不完全。『日本仏像史』美術出版社を参照

飛鳥時代6世紀、百済から公的に仏教が伝来。百済が従属していた南朝・梁は仏教的世界観を重視。
高度に体系化された大乗仏教の理念、儀式、黄金の仏像を受容。
推古朝から本格的な仏教国家建設が始まる。

飛鳥大仏

〈安居院〉と呼ぶ仮堂に本尊の〈飛鳥大仏〉(釈迦如来坐像)を安置。かつての中金堂の位置。

建久7年の火災のため、当初部は一部の

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遠山美都男『天智と持統』講談社現代新書

・『古事記』の描く「古代」と『日本書紀』の描く「古代」は異なる(神野志隆光)。
・一般的に、蘇我氏が滅ぼされた原因は、天智天皇と藤原鎌足による中央集権国家建設の障壁になるとみなされたからだと説明されるが、彼らがそのような構想を持っていたとは『日本書紀』で言及されていない。
・乙巳の変は王政復古ではなく、史上初の生前譲位をめざした政変だった。政変の主体は孝徳天皇と支援者の蘇我倉山田石川麻呂ら。
・『

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遠山美都男『日本書紀の虚構と史実』洋泉社(歴史新書)

・推古天皇の登場=執政能力が備わっていれば性別は関係ないという段階に達していた。
・聖徳太子は摂政ではなく、「外相」。
・蘇我氏は改革派だったから仏教を信奉したのではなく、「蛮神」であった仏を宥める役割を天皇から担わされた。
・乙巳の変とは、孝徳天皇を次期天皇に推す勢力が起こし、軍事行動の成功を機に皇極天皇を譲位させようと意図していたもの。蘇我氏は孝徳天皇のライバル古人大兄皇子を支持。
・天武天皇

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