自分だけど、また違う自分になれる場所
「自分」ではあるものの、また違う自分になることでさらけ出せることがあったり。
インスタではかっこつけてしまっても、別の場所だと素直になれたり。
インターネットやSNSの普及のいいところって、「自分」をいくつも持てるところなのかなあ、という気がする。「匿名性」はもちろん悪い側面もあるけど、いい面だってたくさんある。
わたしは小学生のときから「チャット」や「掲示板」に入り浸っていたので、”普段の自分ではない、インターネット上の自分”という別人格があることの心地よさを知っていた。
普段、学校で会う友達には共感者がいないけど、ネット上なら共感者と会話できる、その嬉しさを知っていた。
Awarefy
休職直後、いろんなことを調べた。
その中で、「自分の感情や体調やその時思ったこと、行動したこと、、」を記録していくことが良いというのを知った。
このアプリは、SNSでもなんでもないのだが。
このアプリで、朝起きた時、夜寝る前、日中の体調の変化、気分の変化、などを記録していった。特に、気持ちがしんどい時にここに殴り書きでもなんでもできた。
これに関しては、特に誰が見るわけでもなく、自分の記録用のアプリである。
最近は安定してきたからか、そういえば、自分の記録が疎かになっているな。
日記もうまく続かないし…なんか、続けられるようにしたいのだが。
Gravity
同時期に「Gravity」もはじめた。
最近、やたらTwitterあたりで広告を見かけるアプリだ。「やさしいSNS」という謳い文句だったので、使ってみることにした。
使い方は人それぞれで、自分の好きな使い方をする分には特に害がないアプリだ。(出会い目的で使っている人たちもいるようなので)
最近は、アップデートしていくごとに「おーい、迷走してないかー」という部分も見受けられるが、最近あんまり使ってないから ま…いいか…
わたしは、コロナ禍で扱いがセンシティブだった「フジロック」を、Gravityで楽しんだ。”行く・行かない”、”配信を見る・見ない”、いろんな考え方が飛び交うTwitterやInstagramには一言も投稿できなかった。
ちなみにわたしは、「配信で見る」を選択した組。
休職を申し出て、まだ引き継ぎ期間だったので、なんというか、まだアドレナリンが残っている状態というか。現地に行く元気はないけれども、座って配信を楽しむ程度の気力はある状態だった。
というより「楽しい」と発言することで、楽しい気分になれた、というほうが近いかもしれないが。
既存のSNSに投稿できない代わりに、Gravityにめちゃくちゃ投稿した。
Gravityにも同じような思いの人がいた。思ったより、Gravityにも配信フジロックを楽しんでいる組がたくさんいた。
Gravityは「いいね」とか「コメント」とか、他のSNSよりもしやすい感覚がある。それで、知らない色んな人と「やばいねー」「最高だねー」と盛り上がることができた。
もしかしたら去年の配信+Twitterフジロックよりも楽しかったかもしれない。
note
noteをはじめたのもそう。
正確には、1本目の時点では休職するつもりすらなく、ただ空いた時間にアウトプットをする練習をするつもりだった。2本目以降は休職することになってからの記事。ここから本格的にnoteを活用しようと思って使っている。
「中ノ瀬きち」は、本名ではない。
最初は本名にするつもりだった。
それでも良かった。
でも、休職のはなしを書いていく上で、わたしは良くても社内の人たちが見たら嫌な思いをしてしまうかもしれないと思った。そう思ったら、見られるリスクを下げるには、名前を変えるしかないと思った。
(#2のあとを書きたいのに、書けないままどんどん日が過ぎていくなあ。本当はもっとリアルタイムで書いてく予定だったのだが。)
最初は、本名からとって「nskt」としていたが、コメントを頂いた時に「呼びにくすぎやな…」と思った。
それで、頭文字に当てはめて名前をつけた。
「中ノ瀬」はするっと出てきた。
「きち」は色々候補があったが、少し思い入れのある言葉からの引用ということもあり採用。
・まずは語感の良さ。(私的に)
・「吉」という良い意味もあるし
・「既知」既に知っていること。これをまだ「未知」の状態の人、知らない人に発信する役割を、という意味も込めて。
正確にいうと「きち」は「kichi」だ。
先のルールでいくならば、本当は「kitty」にしなければいけない。
でも、
「中ノ瀬キティ」は嫌だ…!
いつか本名で活動をするつもりだったから、頭文字をとっていた。今はまだ難しいと感じているけれど、そのうち本名にできたらいいかな〜なんて思ったり、思わなかったりしている。
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