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昔の友達に会えない病

環境が変わると、自分は別人になる。

少なくとも自分は別人になっていると感じる。

小学校も中学も高校も、卒業した時点で、自分の気持ちはもう次に行っていて、戻れない。

そして、その時の自分はもう昔の自分とは違うのだから、過去の友人知人とどう接すればいいのかわからなくなる。

彼らが親しくし、好んでいたのは”当時のわたし”であり、今は中身が変わっているから、彼らからしたら、それは(わたしではあるものの、)別人と出会うようなものなのではないか、と思うのだ。

なんで別人かというと、環境がかわり、接するものが変われば、アウトプットとしてのわたしは変化するからだ。

たとえば、地元の中学から、地元の高校に進学するのと、同じ地元の中学から、地元から離れた進学校に行くのでは、中学まで同じ価値観を共有し生きていたとしても、高校で身につく常識(その環境で当たり前とされること)や価値観、は変わってくるだろう。

また、別人になってしまうから接し方に困る、というのと別に、わたしが昔の友人に会えなくなるもう一つの理由は、
わたしと彼らをくくっていた共通事項がなくなるからだ。

組織とは、同じ目的のもとに集まった集団である。同じ目標をもち、それの達成に向けて協力し合う。

例えば、受験突破のための塾のクラスだったり、入賞めざして活動に打ち込む部活だったり。

だから、ただ同じ空間に集まっているのは、組織ではない。

同じ電車の車両にいるからって、それは組織とはいわないように。

だから、わたしの中では、同じクラス、同じ部活の仲間だったとしても、卒業の時点でその集団の解散となる。

だってもう授業に行く必要はないから協力する必要もないし、部活ももうしないんだから。

現在進行形の共通項がなくなった時、私はどうしていいのかわからなくなるのだ。

ただ友達がいないだけなんだろうけど、わたしは昔の友達に会えない病を拗らせている。

なにが言いたいかというと、昔からの友達とずっと付き合える人はすごい。


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