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忘れたくなくてただ書く話。


つい最近まで勤務していた職場がいわゆる"ブラック"だった。
仕事自体はとても楽で、ただただルーティンをこなす作業のようなもの。
ただ上司が数人いて、それぞれ同じ仕事を違うやり方でする方々だったので、毎日同じ作業でも、その日の担当上司によって合わせなければいけなかった。
そしてそれは暗黙の了解だったので、誰も表立って「〇〇さんのときはーーで、××さんのときはーー」と教えてくれることもなく、ただただ自分で察するしかない。間違えたら叱られた。例え他の担当上司にとっての正解だったとしても。

毎日誰かが怒鳴られて、毎日誰かが泣いていた。
「私の順番が来ませんように」といつも心で祈っていた。
普通なら使わなくていい気を使って、神経をすり減らしていた。

頭では大丈夫、と割り切っていても、心は着実に傷ついていて、それは身体にも影響が出ていた。
生理が止まった。
眠りが浅く、悪夢を見ることが増えた。
お腹すいた、という感覚がなくなった。
そして勤務中の異常な喉の渇きと、止まらない咳。


限界で、辞める決意をした。




違う部署に、名前も知らないおじいちゃんがいた。
だけど1日に必ず数回は顔を合わせていたから、何度か話したことはあった。

辞める前日、まもなく退勤時間になるぐらいの時間、所用でその方の部署近くを通ると、呼び止められた。

「いつまでなの」
「明日までです」
「俺明日いないから。今日が最後だね」

理由は聞かれなかった。私がいる部署は人がどんどん辞めていくのが普通だったから、きっと察してくれていたんだと思う。
思わず泣いた。
このおじいちゃんが、私が最悪な職場で、でも笑顔で挨拶する唯一の理由だったから。


以前、同じように前触れもなく呼び止められて、何気なく話してくれたことがあった。
それまでは挨拶と、業務上の連絡しかしたことがなかった。
「あなたはいつも笑顔で挨拶して気分がいいね。みんなそう言ってるんだよ」
思いがけない言葉だった。


愛想のいい自分が嫌いで。
嫌なことを我慢して、なんともないですってフリしていい子に振る舞う自分が気持ち悪くて、「愛想がいい」のは短所にしか思えなかった。
だから笑顔で挨拶するのも「嫌われたくない」「いい子って思われたい」という利己心からで、そうするのが正しいと思ってそうしていた訳じゃなかった。

だからいつの間に自分の笑顔も嫌いだった。
低い鼻や無駄な肉、笑うと潰れる小さな目。
ただ単に自分の顔が嫌なこともそうだけれど、利己心からの貼り付けた笑顔のような気がして、嫌いだった。


だからおじいちゃんのその言葉で初めて、自分の嫌いなところを少し、好きになれた。
そうやって自分の知らないところで、自分の嫌いなところを素敵だと思ってくれる人がいる。


そんなおじいちゃんが最後にかけてくれた言葉が

「がんばってね、またね」

お互い名前も知らない、住んでる場所もこれからいく場所も、連絡先も知らない。
そこだから会えて、そこだから話せて、そこが終われば、もう一生会うことはないとお互いに分かっていて、それでも選んだ言葉が「さようなら、元気でね」ではなくて「またね」。



今回のブラックな職場で学んだこと。

私も、人の素敵なところを見つけたら、お別れが来る前に本人に伝える。
以前の私のように、もしかしたらいつの間にかその褒め言葉が誰かを少しでも笑顔にするかもしれないから。


いつかまた良い人に出会って、その人とさよならをするとき、もう二度と会えないと分かっていても、「またね」をつかう。
「またね」を「気にかけているよ、気をつけてね」って意味で送ってあげる。



仕事への責任感より、心と身体がもっと大事。
自分を誠実に扱ってくれない人に、誠実に対応する必要はない。





愛想笑いをする自分が嫌いな私とおじいちゃんの話。



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