見出し画像

上手な洗濯物の干し方

ピー、と量販店で買った洗濯機は質素な音色で自分の仕事が終えたことを告げた。
垂れ流していたYoutubeの動画を止め、立ち仕事で疲れた重い腰を上げる。

今日は久しぶりの休みであった。
長く続いた雨も昨日やっと上がったため、絶好の洗濯日和となった。
「雨が上がってくれたのは嬉しいけどさ。こんな急に暑くならなくても良くない?」
同棲する彼はそんな愚痴を漏らし、ネクタイを少し緩めては玄関を出て行った。
彼とは休みが重なることはない。だからこそ、この休日は私一人のものだ。

とりあえず、長らく溜まった洗濯物をやっつけることが予定のない今日の私の目標だ。
ベランダに出ると夏の始まりを告げるように、ギラリと太陽が差し込んでくる。
少しの作業だからと思い、日焼け止めを塗らなかったことを少し後悔した。
この億劫な性格についてはよく他人からも指摘されることがある。だけど面倒くさいものは面倒くさいのだ。
ピンチとハンガーを広げる。サンダルは昨日の雨が少し溜まっており、ぴちゃりと嫌な感触が伝わる。
「うげ」
思わず声に出てしまった。まあ、聞いているのは枯れかけているから買って帰った食虫植物だけだ。
カゴから一つ一つ取り出す。まずは干すのが簡単なタオルから片付けるのが決まりだ。

紺色のバスタオル。これは高校の頃から使っている。
「あんたのバスタオルあんま可愛くなくね?」
友人の一人はお泊まり会の時に持って行った私のタオルを見て、そう言った。
「センスが君とは違うの」
「じじくさいけどねえ」
ははは、とその時は少し笑いが起きた。
亡くなった父が使っていたバスタオル。本来であれば、こんな時に持っていかなくてもよかったのかもしれないが、その時は他のものが乾いていなかった。
けれども、一応父の形見でもあるわけで、その時の一言には随分と腹立った。

でも、父とはいえども他人の使っていたタオルを持っていく、というのも娘ながら少し気持ち悪い気もする。決して父の存在をいつまでも感じていたいから、そんなセンチメンタルな感情でタオルを持っていたわけでは決してない。
ただ、いつも通りただの面倒くさがりで、棚の一番上にあったのがこれだけであったからだ。

そんなタオルは毛が長い生地でもあるから、日のよくあたる物干し竿にかけてあげる。

あの時、友達は私のタオルをディスったわけだが、よくよく考えてみるとそれは、直近で父を亡くした私をイジってくれて、その暗い出来事を笑いに変え、勇気づけてくれたとも考えられる。
まあ、今更なんであんなことを言ったのかなど、彼女に再び聞く必要もないけれど。

タオルを一通り干すと、残ったのは小物だ。
彼が可愛いと言った下着、そして彼の擦り切れかけた靴下。などなど。
案の靴下は丸まったままだった。
あれほど、伸ばして洗濯機に入れろと言ったのにも関わらず。

「わかった! 次から直す」
そんな台詞は実際問題100回は聞いた気もする。当然、101回目の正直が来ることは期待してはいない。
結局のところ彼は、自分の言ったことなど何も響いていないのだ。テキトーな性格には、ほとほと嫌気がさしている。

くるまった靴下をほどき、ピンチの洗濯バサミに付けていく。
少し外に出ただけなのに、かなりの暑さだ。ベランダから道を覗いてみると小学生が早上がりなのか、楽しそうに、何かのアニメの必殺技を出し合っている。

「おれさ、昔デビッドボウイに似てるって言われたんだぜ」
彼は付き合って間もないころ、そんな風に戯けてはギターを弾くフリをしてみせた。
「あー。確かに頬が痩けてるところとか少し似てるけど」
「まあ、そうね。そういうスタイル的なところが似てるのかなぁ」
彼はケロリと笑ってみせた。

靴下を一通り干して、ふと思った。
たしかに彼はテキトーで、物事をきちんと考えないし、言われたことに対しても空返事をする人だ。でも。

「別に何とかなるから、平気丸」
彼は眉を寄せ、口の前で忍者のポーズをしてみせた。
自分が仕事を辞めた話をした時、即座に戻ってきた返事はそれだった。
半ば衝動的に長らく勤めいてた仕事を辞めてしまった。
前から人間関係に悩んでいたこともあり、まあよくある話で、その日は悪口がずっと途絶えなかった。
「うるせんだよこの馬鹿どもが」
立ち上がり、思わず放ってしまった言葉はもう口の中へは戻せなかった。
そのままカバンを抱き、ありとあらゆるオフィス用品にぶち当たりながら、家に帰ってしまったのだ。そして、引き継ぎなんかもしなければいけなかったのだが、上司に辞めることを一方的に告げた。

彼は帰ってくるなり、真っ暗な部屋にいた自分に向かい、何かを悟ったらしく「どした」と声かけた。
自分が、かくかくしかじか語ると、彼は謎の何とか丸という忍者となったのだ。
「平気かな?」
「まあ、何とかなるから平気だよ。余裕まであると言っても過言ではない」
「そうかなあ」
彼はお気楽にそう言うと部屋の電気をつける。そしていつも通り靴下をポイポイとくるまった状態で床に捨て、冷蔵庫を開けコーラを飲んだ。
彼は約束は守らないし、いつもふざけているし、帰ってきても先に手を洗わない。
しかし、彼は同時に人を楽しませることができて、快活で明るくて、気軽に話ができる優しい人でもある。

ピンチにはハンカチやら、彼の靴下やらをぴっちりと干した。バスタオル達も気持ちよさそうに、風を泳いでいる。
「しかし、あっちーなあ」
汗が少し滴った。彼の勧めで、昔通っていた珍しい植物を扱う店で働き始めたのだが、炎天下での立ち仕事ではないので中々にしんどい。
だが、なかなか気持ちよく干せたので満足だった。

タオルは両面がしっかり乾くように空間を持たせること、ピンチはきちんと重心が偏らず、水平を保っていること。
これが私流の上手な洗濯物の干し方なのだ。

<宣伝>

他の短編です。


この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,758件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?