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英会話について②スマホを置き、外へ出よう




英会話の楽しみに、毎日何かしらの新しい情報を知れる、という点がある。

住んでいる環境も年齢も人生も違う人たちと話すのは、毎日に何かしらの刺激を与える。



中でも、特に印象に残っている一人の先生がいる。

とにかくハイテンションで、大体アニメキャラクターのTシャツを着ているその男性は、聞けば私と同世代だった。

授業中に「何で笑ってるのー!?」を連発するその人は、自分も負けない位ゲラゲラ笑っているのに、こちらにそう指摘してからかう。それぞれの国の文化や好きな場所、食べ物などの話を楽しくできる、とても素敵な人だった。



その先生が、一度だけ真剣な顔で話し始めたことがある。



何回目かの授業の際、背後でむちゃくちゃ犬が吠えているのが聞こえた。

それは、「キャンキャン」といったかわいいものではなく、どちらかと言うと「ヴォンヴォン」というような、威圧感のある声だった。大型犬なのかもしれないな、と思いながら「犬を飼っているの?」と聞く。「そうそう、犬、飼っているよ。3匹!」。驚いていたら、次に出た言葉に更にびっくする。



「家の横では馬、うさぎ、あとニワトリもいる。ちょっと前までは牛もいたんだけど…」



え、家で飼っているの?と聞くと、「言ってなかったっけ?いま住んでいるのは山奥なんだよね」と言う。「周りに人間が住んでいないくらいの、山奥」。

少し前までは街に住んで会社に勤めていたけど、そのスタイルを変えるために、環境を選ばないオンライン英会話講師に転職し、山奥に一人住み始めたそうだ。



「ええっ!また、すごい転換をしたね!」と言うと、彼は急に真面目な顔をしてしずかに言った。


「ある時体調を崩して、生活を色々省みたんだよね。その時に、このままじゃいけないって思ったんだ」


普段と異なる雰囲気に、何も言わず頷く。すると、彼がふいに聞いた。


「最近、スマホを持たずに外出したことある?」


えっ、ない。私は即答する。「どうして?」と聞くので、だって連絡を返さなきゃいけないし、と答える。「そんなの待たせとけばいいよ!」と言うので、確かにそうかもねえ…と返す。確かに、現代人はスマホに縛られ過ぎているなあと思うことがある。少し時間ができるとすぐに手を伸ばしてしまうし、スマホを見て、気づけば随分時間が経っていた…なんてこともザラだ。

しかし、私はそれ以外に、もっとも気がかりな理由がひとつだけあった。



「方向音痴だから、道に迷うんだよね…」



スマホがなければ道に迷う。「こっちだ!」と思いながら堂々と反対方向に歩いていくタイプの方向音痴の私は、スマホがなくなるととうとうどっちに行けばいいのかわからないのだった。「ふーん…」とその答えを聞きながら、彼が質問する。



「迷うのがそんなにだめなの?」



うーんと唸りながら、「まあ、そうね」と返事をした。

すると相手は「僕は旅行が趣味なんだけど、そこでいつもやる遊びがあるんだ」と前置きし、話し始めた。



「全然知らない土地に行くでしょ?そしたら、まず、スマホの電源を切る。もしくは、ホテルに置いて来てもいい。それで、降り立った駅からある程度離れる。ずんずん歩いて、『ここらへんでいいかな』と思う所で立ち止まって、目をつむる。そして、その場でぐるぐる回るんだ。で、目が回る前にぱっと止まる。目を開けて、その状態で身体が向いている方へ、ひたすらずっと歩いていくんだよ。そうしたら、必ずおもしろいところに出るから。予め行先の決まっている旅行よりも、ずっと楽しいよ。これが、僕の旅行先での遊び」



まじかよ、と思った。

そんなの、怖すぎる。方向音痴からしたら正気の沙汰ではない。そんなことをしてしまったら、来た駅に二度と帰れないかもしれない。



「迷わないの?」と聞いた。

すると、彼は「迷うよ!」と笑い始めた。


「そんなの迷うに決まってる!でも考えてもみなよ、周りには家とか人が、絶対にいるんだよ。絶対に、歩いていたらいるんだ。その人たちに聞けばいいんだよ」


ぱ、っと視界が開けた感じがした。


「僕はね、街で働いて、スマホを持って、何でも自分でやってた時よりも、こういうところに住んだり、旅行先でこういう遊び始めたりした今の方が、ずっと人との交流ができたよ」



そう言って、彼はゆっくり笑った。

なんだ、そうかあ、そうかあ…。なんだかその笑顔の後ろに、彼がかつて抱えていた色々なもやもやが見えたようで、それ以上聞かないまでもたくさんのことがわかった気がした。


「【スマホを置き、外に出よう】だね」

「そうだね」



かつて同じようなことを言って、家出少年・少女をたくさん出した作家がいたんだよ、と伝える。「その作家は随分自分勝手な気がするね!」と彼が笑った時には、もういつもの授業の雰囲気に戻っていた。





(あなたも生きてた日の日記⑪:英会話について②)