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◎海水飲んで目がさめる



世間では、朝一で飲むと身体にいいと言われているものが色々ある。
つめたいミネラルウォーターで目を覚まそうと言う人もいれば、だめだめ身体が冷えるからお白湯にしなさいと言う人、寝起きの一番乾いている時に生絞りのフルーツジュースが沁みるという人など様々だ。人間はそれぞれ信じているものがあり、それは時にころころと変わる。

以前、色々な締め切りが重なってどえらい余裕がなかった時、私は朝一で口に入れる物にいたく悩んでいた。
問題は、胃が荒れているときには何を一番に腹に入れると一番いいのか、という点だった。胃がびっくりするのでつめたい水なんてもってのほかで、しかしお白湯だとどこか物足りない感じもあった。内臓に温かさが広がって、確かに身体にいい感じがする。しかしそれ以上のものはない。時間のない朝に、胃にやさしくかつ手っ取り早く栄養を補給できるものはないだろうか。


「かちゅー湯」を知ったのは、そんな時だった。
本屋で何となく手に取った雑誌の、たまたま開いたページにそれは載っていた。
かちゅー湯の「かちゅー」とは鰹のことで、つまりは「鰹湯」のことだった。沖縄では有名な一品らしく、だから沖縄なまりで「かちゅー」と呼ばれているのだ。

作り方は簡単で、お椀にたっぷりの鰹節を入れ、お湯を注ぐ。少量の味噌で味付けをしたら完成だ。朝のぼーっとした状態でも作りやすく、ありがたい。
何でも朝一に飲むと身体がほぐれて、温かさでじわじわと目が覚めるらしい。さらりと飲めて負担がないので、二日酔いや風邪気味の時にも好まれるのだと言う。


早速、翌朝にかちゅー湯を作ってみた。
鰹節をさくっとひとつかみしてお椀へ移し、湧いたばかりのほかのほかの湯を注ぐ。この時点で、かつおの豊かな香りがふわ~っとあたり一面に広がる。蒸気が頬に、鼻にゆっくりと届く。続いて味噌を箸ですくって溶いていく。量はほんの少し、汁がほんのり茶色になる程度で、お吸い物程度の濃さにとどめておく。

それを、ゆっくり冷ましながら口に含むと、ふわ~っと出汁のにおいが鼻の方へ抜けていった。

「わあ~」

これはおいしい。これは、すごく、おいしい!
具材が至ってシンプルなので、味がよくわかる。鰹の旨味がお湯に溶けだして、直接身体に沁み込んでいく感じがする。アミノ酸などのうまみ成分がダイレクトに脳に届いているのだろうか、クセになるような魅惑的なおいしさがあるのだ。


温かさと旨味で身体が緩んでいくのがわかり、ふと目を閉じる。
すると、ふいに海の景色が広がった。今喉元を通った汁が、なんだか無性に身に覚えのあるもののような気がしてくる。「なんだか海水を飲んでいるみたいだな」と思った。
もちろん海水はこんなにあたたかくないし、旨みもない。けれども、この飲み物は身体ととても近いような気がするのだ。何か他のものを飲んだ時とは違って、じんわりと身体に浸透していく心地がする。
それ以来、私はなんとなく「朝は海水を飲んで目を覚ます」というようなイメージを持っている。毎日どれだけ慌ただしく過ごしていても、その一時だけは自然に帰れる気がするのだ。


すると、先日興味深いことを知った。
実は、私たちの体内を流れている血液の成分は、海水の成分とほぼ同じなのだという。血液から血球やたんぱく質など大きな分子を取り除くと、残りの化学成分の比率は海水とほぼ等しくなるそうだ。遥か昔、我々の先祖は海から陸へ上がる際に、海水とほぼ同じ成分を体内に持ち込んだ。それが血液を含む体液なのだと言う。

これを知った時、私は何かに肯定されたような気持ちになった。
そうか、海水に近いものを口にして安心を得られるのは、遥か昔の先祖との繋がりがあるからこそだったのだ。
朝一でかちゅー湯を飲んで気持ちがすっきりするのは、現代の私たちの感覚が、昔に引き戻されるからなのかもしれない。


(もしもしからだ 44)