福祉大国フィンランドに広がるやり直しができる社会
フィンランドは国民の幸福度が高い福祉大国として知られている一方、実は一人当たりの起業家数では世界一位を誇る起業大国でもある。フィンランドでの滞在を通してなぜフィンランドは起業家が多いのか。起業家やスタートアップを支えているものは何なのか私なりに考えてみた。
私は経済産業省主催の海外派遣プログラムJ-StarX・フィンランドコース第1期生として幸運にも採択して頂き、起業に関心があるor既に起業している学生49人と共に9日間フィンランドに滞在した。
9日間のプログラム
9日間のプログラムではヘルシンキに滞在し、フィンランドのスタートアップの重要拠点を巡りフィンランドのスタートアップエコシステムを理解し、起業家や投資家の方々との交流や講義を通し起業家マインドについて学んだ。以下プログラム中の主なイベントだ。
Aalt(アアルト)大学でのキャンパスツアー、ビズネスアイディアワークショップ。同大学は北欧のスタンフォードと言われており、毎年同大学から70〜100社のスタートアップが生まれフィンランドのスタートアップの核の部分を担っている。
Maria01(マリアゼロワン)の見学ツアー、起業家・投資家との交流。マリアゼロワンはヘルシンキで一番古い病院だった建物を改装し2016年に起業を支援するインキュベーション施設として生まれ変わった。テック系のスタートアップ、大企業、ベンチャーキャピタリストが入れ替わり立ち替わり入退去を繰り返し、常に欧州最大級で最新のスタートアップコミュニティーとしての役割を果たしていると実感した。実際に数多くの有名なスタートアップを輩出している。
Slushへの参加。世界中から起業家、VCが集まる世界最大のスタートアップイベント。他のスタートアップイベントとの違いは、Slushは学生がゼロからイベントを企画し運営している点だ。
「失敗しろ!」の呪文
9日間で一番印象てきだった事はフィンランドの起業家、投資家、教育者が口を揃えて「失敗しろ」と何度も言うことだった。三日目に講演をしてくれた世界的大ヒットとなったゲーム「アングリーバード」の生みの親の1人Peter Vesterbackaが私達学生に何度も繰り返していた言葉は
「失敗を恐れるな!」
「失敗しろ!」
彼のアングリーバードも51回の失敗を経て、52回目でやっと辿り着いたと話す。彼が言うように失敗しても挑戦し続ける姿勢は起業だけではなく何事においても大切な事だと同感する。しかし、私の中でどうしても引っかかる部分があった。
無責任な言葉
「失敗しろ」は起業家にとって後押しになっている一方、とても無責任な言葉でもあると思った。起業に失敗したら自分の全てを賭けてきた会社、経済力、社会的地位、人間関係、何もかもを一瞬にして失うかもしれない。なのになぜフィンランド人は学生に挑戦しろ、失敗しろ、立ち上がってまた挑戦すればいいと言うのか腑に落ちなかった。
実際スタートアップで成功する事は容易ではない。スタートアップは世間一般的に90%が失敗すると言われる。ディープテックの領域だと99%が失敗するとも言われているくらい非常に厳しい世界だ。
フィンランドの分厚いセーフィーネット
帰国の2日前フィンランド在住の2人からフィンランドの福祉について話を聞くことができた。
25歳のArthittayaは大学で観光学を勉強していたが学校以外の事に集中したいのと急に大きなお金が必要になり4ヶ月前に休学して現在保育園で働いている。彼女にいつ大学に戻るのかと尋ねると、
「戻りたくなった時かな。教授も勉強したくなったらまた戻っておいでって言ってくれた。」
フィンランドでは休学した場合5年でも10年後でも復学する事ができ、何歳になってもテストを受け合格すれば大学に入学する事できる。従って教室にいる学生の年齢層は幅広い。また、学費は税金で賄っているため大学院まで無料。博士課程はお給料が支払われる。
もう一人の女性は待ち合わせのカフェにベビーカーを押してやってきた。23歳のMoは勉強が好きじゃなかったため高校を中退し、つい先月お母さんになったばかりだと言う。フィンランドでは出産した際に国から経済的支援と物質的支援が受けられる。2人目、3人目と子どもを産んだ際には更に支援が受けられる。その他にも子育てがしやすい環境が整っており、ベビーカーを押していれば公共交通機関は無料で利用できる。
またフィンランドには彼女のように高校を中退したり、教育を受ける機会がなかった人達が高等教育と同レベルの教育を受け直す事ができるシステムが整えられている。
2時間弱の短い対話だったが二人の話を聞いて誰も置いてけぼりにしない市民を下から優しく支えるフィンランドの分厚いセーフティーネットの存在を感じた。
「失敗しろ」の本当の意味
日本に帰国してフィンランドの起業家や投資家が繰り返し唱えていた、「失敗しろ」という言葉について考えた。彼らが繰り返す「失敗しろ」はやり直しができる社会が前提での言葉だったのではないかと思う。
自己責任論が蔓延する日本社会の中で放たれる「失敗しろ」と福祉大国のフィンランド人が言う「失敗しろ」は言葉としては一緒でも訳が違う。フィンランド人が繰り返して唱えてきた「自ら進んで失敗しろ」は失敗してもみんなで失敗をちょっとずつ分け合うから大丈夫と解釈できる気がした。フィンランドの市民を思いやる手厚い福祉が結果的に起業家をも支えるセーフティーネットとして働いているのではないかと思った。
実際にフィンランドにはStart-up grant、フィンランド語でStarttirahaと呼ばれる新規事業への資金投資目的ではなく、起業家の生活費補助が目的の支援制度がある。一般的に起業家は起業して間もない頃収入が極端に少ないため、生活難に陥りやすい。そんな中この制度は起業家のためのセーフティーネットの役割を果たしている。また、企業に対するハードルを下げ間接的に挑戦する人を後押しする政策でもあると思う。
9日間の滞在を通して日本がフィンランドから学び参考にできる点はスタートアップエコシステムだけではないと感じた。街づくり、社会の在り方、働き方、少子化対策、政治、女性の社会進出など多岐にわたると思う。
生きているといつ何が起きてもおかしくない。明日仕事をクビになり収入源が途絶えるかもしれない。交通事故に遭って自分の夢を諦めなければいけない瞬間が来るかもしれない。フィンランドのようにセーフティネットで支えられた「やり直しができる社会」は私達の日々の暮らしを豊かにしてくれるのではないだろうか。
「新しい資本主義」日本は失敗してもやり直せる社会だろうか
岸田内閣は「新しい資本主義」の実現の一つとして2022年11月に予算1兆円規模を投じる「スタートアップ育成5ヵ年計画」を発表した。スタートアップの担い手を増やし、2027年までにユニコーン企業を100社、スタートアップへの投資額を10兆円規模に拡大する事を目指している。今回私が参加したJ-StarX・フィンランドコースもスタートアップ育成5ヵ年計画の一貫だ。
岸田首相が訴えるように今後日本の経済成長においてスタートアップは間違いなく重要な柱となってくると思う。
ただ、前途したようにスタートアップの成功率は10%を切るのが現状だ。
100人起業した場合10人成功するかどうかの世界だ。
失敗した90人はどうなるのか。
フィンランドのように起業家が一度失敗しても起き上がれる社会は日本に整っているのだろうか。
終わりに
スタートアップの話からはちょっとズレるが私は海外へ行く事が好きだ。異国に身を置くと内在化された偏見や自分でかけていた洗脳が解ける瞬間がある。私はその瞬間が好きだから、これからも自分が行ったことのない国に行きたいし様々な価値観を持っている人と対話を重ねたい。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
以下J-StarXの概要