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初めて宝塚歌劇団を観た日

せっかく宝塚行くならさあ、
知ってるやつ観よーよ。

これは私と姉の共通認識だった。

特別仲が良くも悪くもなかった
私たち姉妹は、二人ででかけたことが
ほとんどない。

それでも関西に住んでいたので、
人生で一度は宝塚歌劇団を観てみたいと
話していたのだ。

気まぐれに調べてみるけれど、
舞台にうとい私たちが知っている演目は
あいにく見当たらない。

やっぱりベルばらとかさあ。
ロミオとジュリエットでもいいかな。
あとどんなんやるんやろ。

そんな会話から何年かたったある日。

「宝塚でポーの一族やるねんて!」

LINE越しからも姉の興奮が伝わってくる。

ポーの一族といえば萩尾望都先生の代表作で、
言わずと知れた名作だ。
姉の本棚でそれを見つけたのは、
中学か高校の頃だったと思う。

エドガーの底知れない孤独に、
メリーベルの儚さに、
アランの人間らしい感情の動きに、
夢中になって何回も読み返した。

そのポーの一族が、舞台になるなんて!
エドガーを演じられる人なんてこの世にいるの?
あの奥行きのある話を舞台化なんて
大丈夫なん?

私の心配はあっさり解消されることになる。
それどころではない。

先行画像に写るその人は、
あまりにもエドガーだった。

白い肌に細い手指。
大きくて目が離せなくなる瞳。
意味ありげな微笑み。

まだチケットもないのに
もう絶対観るんだと決めた。
観劇のその日が待ち遠しくて仕方がなかった。


今から思うと本当に奇跡的に
チケットが手に入り、
私たちは念願の宝塚大劇場を訪れる。

この日の私たちは完全におのぼりさんだった。
宝塚駅前の銅像を指差し、
駅前のお店に貼られている
数々のサイン入りポスターに驚き、
大劇場の煌びやかさに歓喜した。
たぶんうるさかった。
初めて来ました感丸出しだった。

せっかくきたので
ランチは大劇場内で食べることに。

この日は何かにつけて
「せっかくやから」と思っていたように
記憶している。

せっかくやからお土産買う?
せっかくやから写真撮ろか。

こんな会話もした。
「また来るかなあ」
「一回で満足するんちゃう?」
「そやねえ。でもベルばらとかなら観たいかも」
「たしかに」

果たしてこのあと
全組観劇の日々がはじまるのだが
そんなこと、当時のうかつな私たちは
1ミリも思っていなかった。


そうこうしているうちに開演時間に。
ファンの皆さんがほぼ全員手元に
オペラを準備していることに圧倒されていると
客席が暗くなる。

いよいよタカラヅカを観るんや。

楽しめるかな〜どきどきする〜。

役者さん誰も知らんけど大丈夫かな。


私のそんな浮かれ気分は、
エドガーの登場の瞬間
こなごなになって霧散した。

ありふれすぎた言葉だけど、
雷が落ちのだと思う。
ブレーカーが落ちたとも言える。

舞台中央に現れたエドガーが
後ろ姿から振り向いた瞬間、
舞台の音は遠のき
数十人いた舞台上の役者が暗がりにまぎれて
もうエドガーしか見えなくなった。
永遠みたいな瞬間だった。


そのあとなにが起こったかは
何も覚えていない。

いや舞台の内容は盤面で何度も観てるのだけど、
本当に一瞬で一幕が終わり、二幕も一瞬だった。


事前予習というものをまったくせず、
宝塚の知識も乏しかったわたしは、
お芝居のあとのレビューなんて
当然知らなかった。

だから青白かったシーラが
クリフォード先生と男爵を
引き連れて歌い出したときは
心底意味がわからなかったし、
お着替えしたエドガーが出てきたときは
宝塚がみせる幻想かと思った。

1回でお芝居も
なんかわからんけどショーも
観せてくれるなんてお得やん。

もうすぐ終わりかなー、
あ、そういえば宝塚といえば
なんか羽根?羽根背負うやつ?
あれも観たいなー
あれなんてショーのときやろう。

宝塚をご存知の方なら
私の無知を笑われるだろうと思う。

今考えるとなんでそんな常識も
知らんねんとつっこまずにいられない。

宝塚の羽根は本公演の
エンディングで必ずトップスターが背負うのだ。

あれみたいなーあれあれ。
と思っていたあれは無事観ることができた。


もうあかん、お腹いっぱい大満足やわ。
ありがとうございました。

幕が下りてからも拍手が止まらない。
舞台からの圧で椅子にぎゅっと
おしつけられたまま
体勢を立て直すこともできずにいたら、
なぜかまた幕が上がった。


その日はラッキーなことに
貸し切り公演だったので、
終演後のご挨拶があったのだ。

さっきまで舞台にたくさんいた人たちが退いて、
舞台にはエドガーの人だけになっていた。

エドガー何話すんかな?

エドガーは、カミカミだった。
エドガー役、トップスターの明日海りおさんは、
今ならわかるのだけど普段はとても柔和な方で。
さっきまでのエドガーとしての儚さ、憂い、
大人びたかげのある表情や、
男役としてのかっこよさが嘘みたいに
ふわふわと話される。

そのギャップがダメ押しだった。


あれから約3年。
明日海さんが退団した後も、
私たちは観劇を続けている。

ベルばらじゃなくても、
ロミジュリじゃなくても、
毎公演観ているよと言ったら、
あの日の私は信じないだろう。

でも今や、宝塚なしの人生なんて
考えられないんだから不思議だ。

贔屓の人もできたし、
宝塚市にふるさと納税して
Blu-rayをもらったり、
退団された方のファンクラブに
入ったりしてるよ。

上演されたお芝居の原作を読んだり、
ショーで使われたアーティストの曲を聴いたり、
興味のなかった日本史や世界史も
学生時代より熱心に覚えるようになったよ。

宝塚を観ていない日でも、
毎日の中で、宝塚のカケラと出会って
心が弾む瞬間がたくさんたくさんあるよ。

姉との会話は、
こんな最高の毎日に
私たちを連れてきてくれた。


#あの会話をきっかけに

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