記事一覧
名古屋で働く院長の告白20
一言でいえばタイミングが悪かった、今となってはそう思うしかありません。
私が声をかけたのは2014年、そしてその年の暮れ彼が大学病院にいるとき一緒にやりたい、と連絡がありました。
名古屋で働く院長の告白19
翌日マリアーナ訪問看護ステーション設立に向けたミーティングを三石、加藤と行いました。
既に3月末で臼田以下のメンバーは退職の意思を伝えていたので必然的に4月1日マリアーナ始動となります。
「この日程でやるしかないよね」
名古屋で働く院長の告白18
この頃事務内では加藤が訪問看護事業業務に時間をとられていたため、坪井が中心となって日常業務を回してくれました。
そして12月には新人の浦が入職し、彼女の教育係も務めてくれていたのです。
浦はもともとアパレル店員をしていましたが、あまりにも過酷な労働環境に続けることができなかったそうです。
≪うちみたいな地味な職場で彼女はやっていけるだろうか≫
名古屋で働く院長の告白15
2018年1月マリアーナ訪問看護ステーション設立へ具体的に動きが始まります。前述の通り三石はナースコール本社に3月末での退職の意を伝えていました。
当初の計画に沿えば3月末までに尾頭橋のメンバーと患者さんを全員医療法人に移さなければいけません。具体的には従業員の雇用から始まり新しい事務所の賃貸契約、什器や電子カルテ、ユニフォーム、車、駐車場の手配、CMや病院へのアナウンスなど膨大な仕事量です。
名古屋で働く院長の告白14
2017年も過ぎ、新年を迎えた時一つ大きなことを忘れていました。
≪そういえば妻にいってなかった≫
私はあろうことか妻に打ち明けることなく計画を進めていたのです。
新年早々妻に伝えることにしました。
「そういえば1月から訪問看護始めることにしたんだよ」
『????なんで?』
「三石は若いのに頑張ってるし、協力したいと思ったんだもん」
「個人通帳から1500万くらい使うけどびっくりしな
名古屋で働く院長の告白13
2017年10月某日加藤の結婚式に出席していました。
この日は人生初の主賓とし招待されたのでディレクターズスーツをレンタルし式に臨みました(正直この時まで主賓の意味すら理解していませんでした)。
≪よかったな、本当におめでとう≫
何とか挨拶を終え、加藤の親族や友人と交わっていると本当に灌漑深いものを感じました。
ちょうど3年前面接した無職の男が結婚して家庭を持つことになったのです。
名古屋で働く院長の告白12
数日後患者さんのところへ向かう途中に彼女に偶然顔を合わせました。
≪・・・・・・・≫
視界に入ってから彼女が近付いてくるまでの数秒間、少し気まずい気持ちになりました。
恐らく断りの話があるだろうと思っていたからです。
≪変な気を遣わせることになって申し訳ない・・・≫
フラれるのがわかった上で告白し相手に断らせてしまった時のような気持ちです。
結果が分かりきった上で自分の気持ちに決着をつ
名古屋で働く院長の告白11
2017年4月から夏までは法人化の事務処理に追われる日々でした。
名刺や法人名義の印鑑作成、パンフレットやHPの差し替え、車や事務所、携帯電話、インフラ関係の名義変更、病院やCMへの広報等やることは次々に湧いてきます。
しかし、開業時とは状況が全く異なっていました。
それは2年が経過し事務員が立派に育っていたのです、加藤を中心として大河内、坪井がかなりのことまでしてくれました。彼らに任せて私
名古屋で働く院長の告白10
弘明会のmission statement(2017年5月)
2017年4月1日医療法人弘明会が誕生しました。
法人成りすることは前述の通り個人事業から人の集合体に変化することです。
2017年5月、その方向性を約束するため法人の経営理念を作りました。
ストーリーとしての意味はありませんが触れておきたいと思います。
それは
名古屋で働く院長の告白9
訪問看護の連携や事務内のシステム整備、売上の安定化などが終わり、あることを決断するときが来ました。
≪法人化しよう≫
開業から1年と数か月経った2017年春当院は行政が定めた法人化要件(無借金であること、院長が営利会社の役員となっていないこと、経営が安定していることなど)を満たすようになっていました。
これは我々がネクストステージに入ったことを意味します。法人というのは『何かを遂行することを
名古屋で働く院長の告白8
≪経営者とはこんな苦しいものなのか≫
世間の評価と実態との乖離、相変わらず解決方法の無い辛さにたった1人で耐え続けるしか術はありませんでした。
2017年2月が過ぎようとした頃、偶然にも一冊の本に出会うことになります。
人生どこで足元を掬われるかわからない、それと同時にどこに救いの手があるかわからないものです。
何気なくAmazonで注文した533円+税の文庫本。
そこにはとある人が若く
名古屋で働く院長の告白7 2016年夏
開業から1年経った頃、ナースコールの代わりになる訪問看護ステーションとも提携することができ地域の医療機関からも信頼いただけるようになっていました。
私の理想としていた在宅医療、つまり「限定された地域で重症患者さんを中心に在宅完結を目指す医療」が現実に行うことができるようになっていたのです。
≪・・・・・・・・≫
≪・・・・・・・・≫
すべてが順調なはずでした。しかし、ある時期から常に何かに
名古屋で働く院長の告白6 2015年夏
≪案外何も変わらないんだな≫
2015年8月17日開業にこぎつけた私の心境はこんな感じでした。
開業後もやることが多すぎて余韻に浸る間もなく、シームレスにそれまでの生活が続いていくといった感じです。
しいて言えば書類仕事が増え、セールスの電話がよくなるようになったくらいでしょうか。
開業後もそれまでと変わらないハードワークを続けました。
開業と同時に私は絶対に避けられないミッションを抱えていま
名古屋で働く院長の告白5 2015年1月~
『業を開くということは己を世に問うことである』
これは私の敬愛する中井祐樹先生が弟子たちへ言われた言葉で私は以下のように解釈しています。
“開業することは医療技術のみならず己の全てを世に評価してもらうことであり結果は全て受け入れなくてはいけない”
2015年8月、己を世に問う日は決まっており、それは容赦なく迫ってきます。