【三国志の話】三国志沼にハマった二日間(前半)
今月はじめにつぶやいた三国志イベント(3/16・3/17)に、幸運なことに二日連続で参加できました!
二松学舎大学文学部シンポジウム「三国志ワールドの展開:その時間と空間の広がり」
前半として、まず3/16(土)のほうです。筆者はオンラインで視聴しました。
はじめに
まず今回のテーマ「三国志ワールド」の代表として「パリピ孔明」が紹介されました。
「古代中国と現代日本」「覇権争いと音楽業界」という時間も空間も超えた広がりを持つ作品であるとともに、2019年のマンガ連載開始以来、アニメ、実写ドラマ、舞台、映画と、メディアミックスにより作品世界が広がっている成功例です。
そのほかにも、三国志演義を起点とした三国志ワールドの広がりを、古くからの民間伝承・文学作品や、演義から派生した現代のアニメ・ゲームに至るまで、各ジャンルの代表作品たちが紹介されました。
基調講演:日本における「三国志」物語の受容――横山光輝『三国志』を中心として 渡邉義浩(早稲田大学教授)
吉川三国志・横山三国志の特徴を、そのベースとなった「通俗三国志」やその原本である「三国志演義(李卓吾本)」との比較で語る形式でした。
ポイントは「劉備母の存在」「曹操の性格」「劉備の正義」などで、中国と日本の違いや、吉川と横山の違いについてテンポよく話が進みました。
曹操の虚像と実像 牧角悦子(二松学舎大学教授)
曹操の相対評価は二転三転しているとのこと。
『正史』では魏が正統であるから「非常の人、超世の傑」だが、宋代以降は後漢王朝を簒奪した悪人となり、『三国志演義』でそのイメージが定着。
ただし近代になって魯迅や毛沢東らの影響で再評価の動きがある。
日本ではもともと比較的嫌悪感が少ないようである。
確かに、どれが実像でどれが虚像であるかの見極めは難しいですね。
唯一確かなものとして評価できるものは本人が書き残したものであるとのことで、『正史』(「魏書 武帝紀」)の中から三点が紹介されました。(「軍譙令」「求賢令」「終令」)
関羽の視覚的特徴の形成と受容 伊藤晋太郎(二松学舎大学教授)
『正史』では関羽の特徴は「立派な顎ひげ」しかないのだが、『演義』では「棗のような赤ら顔」「切れ長の目」「細長い眉」「青龍偃月刀」「緑色の戦袍」「赤兎馬」などが装備されて、関羽のキャラクターが確立されたとのこと。
たとえば、横浜関帝廟はこんな感じ。
このように固定されたイメージはかなり強固で、現在でもこの関羽像が再生産され続けており、そこから離れたものは出てこないという無限連鎖中のようです。
現代中国における観光資源としての「三国志」 上永哲矢(紀行作家/歴史ライター)
現代中国では経済発展を背景としたテーマパーク化が進んでいるが、賑わうものと閑古鳥が鳴くものの差が激しいとのことです。
賑わうもの
長坂坡公園(当陽市)、武侯祠(成都市)、古隆中・檀渓(襄陽市)、など
閑古鳥が鳴くもの
官渡テーマパーク(閉園!)、曹操の出生地(亳州市)、赤壁古戦場、など。
今現在ホットなものは曹操の墓(安陽市)で、今後どうなるかは未知数ですが、やはり楽しみですね!
ざっくり西高東低な感じで、それは蜀関連の史跡が西に寄っているから。
日本と比べて現地での曹操悪役のイメージが予想以上に強くてビックリするそうです。
江戸時代における「三国志」文化の受容 長尾直茂(上智大学教授)
明・清時代に洗練された『三国志演義』が、同時代の日本にどう入ってきたか、そして日本人がどう反応したかの話。
元禄四(1691)年という時期に日本語訳(通俗三国志)が出たのは、世界的にも早いとのこと(満州語の次くらい)。
その中で、日本では消極的ながら曹操が受け入れられていた。
具体的には、「画題に曹操が選ばれることはあるが、ただしそこに入れる賛(画賛)では堂々とは誉めない」ような微妙な文章になっている。
長尾先生は、江戸時代は武士が文官でもあったので、文武両道(詩が書ける武将)として曹操の評価が高かったのでは、とのこと。
討論会
午後に登壇した四名が互いにコメントをし合ったり、聴講者の質問に答えてくれたりしました。
とてもすべては書ききれないのでざっくりまとめると、今回のテーマ「日本における三国志作品の受容」という視点では、
日本では曹操・呂布など『演義』の悪役への嫌悪感が少なく、むしろ隠れた人気があるという状況がある
その理由としては、吉川・横山両氏の作品の存在が大きいが、それ以前にも文化的な下地はあった
今後は、日本発の作品や価値観が中国に逆輸出されるということがあってもおかしくない
という流れでした。
筆者の感想
中国では「関羽 > 諸葛亮 > 劉備 >> 曹操」、日本では「諸葛亮 > 曹操 >> 劉備 > 関羽」という人気・好感度でしょうか。
個人的には、日本では織田信長が革新者として高く評価されているため、資質的に似通った曹操もまた高く評価されうるのだろうと思っています。
余談(3/23追記)
この日登壇された上永さんに、翌日の三国志学会共催のシンポジウム会場(早大)でお会いしました。
気になっていたこと「現地では中国語で話すのか?地方によっては標準中国語が通じないのでは?」という質問に答えて頂いたうえに、別途メールで補足を頂きましたので、こちらに転記します。
(翌日の記事はこちら)
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