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幻の伝記『カワワ・カ・ワカラ』

概要

これはマンガライターもり氏の好きなマンガを誰かと語りたいラジオ』にて開催された「人生に影響を与えてくれたマンガの台詞プレゼン大会」の優勝賞品としての短編小説です。

僕もプレゼンターとして参加してますので、宜しければ聞いてみてくださいね。

本編『カワワ・カ・ワカラ』

©︎白田シロ https://twitter.com/hakutajyanaiyo

「カワワ・カ・ワカラ」

 1927年没。享年49歳。

 その言葉を初めて聞いた時、咄嗟に思い付いたのは未開の地を探索した勇敢な冒険家の姿だった。探検家という職業柄、随分と威勢の良い男性かと思いきや、華奢で小柄な女性であったことにびっくり仰天としたものだ。

 ——なんて、そんな人物はいないのだけれど。

 それでも、その言葉は今もなお私を虜にして離さない。まるで魔法の言葉のように。

「おい」我が師と勝手に仰いでいる——が、本人には絶対に教えてあげない。頭に乗るだろうから——とある食堂のマスターが言った。「お前、なんか良からぬことを考えてたろ?」

 なぜわかったと驚いていると、「包丁に揺らぎが見えるからな」と師がのたまう。

 そうだった。今は料理の途中である。それにしても——

「包丁の運びでそんなことまでわかるんですか!?」

「んなわけあるかよ。包丁持ちながらニヤニヤ笑うバカが隣にいりゃ、頭ん中でどっかにぶっ飛んでんだろうなと想像くらいつくだろうが」

 ぶっきらぼうな口調同様、見た目も渋く、なぜか左目に鋭利な何かで斬られたであろう傷を持つ師匠は、決して裏稼業の人物ではない(と信じたい)。彼は新宿の路地裏にに構えた和食の料理屋——というよりも食堂に近いが本人は小料理屋だと言って譲らない——を切り盛りする店主であり、時折、料理教室も開く食の伝道師である。

 だが、残念ながら我が師の第一印象は最悪であった。いや、ある意味、想像通りだったと言っても良いかもしれない。

🐟🐟🐟🐟🐟

 数年前のあの日、親友に連れられ初めて師匠の店へとやってきた。雑居ビルの4階にある小料理屋。決して汚くはないが、友人の好きなイタリアンの店からは程遠い見た目をしている。だからだろうか、暖簾をくぐる時に少しだけ緊張したことをよく覚えている。

「こんな店よく知ってたね」と友人に小声で問うと、ジロリと師匠に睨まれた。

 それでも、友人は臆することなく囁く。「マスターって見た目は怖いけど、なんでも作ってくれるし、それが抜群に美味しいんだよ」

 なんでもかぁ……と思いながら店のメニューを見れば、豚汁定食の他にはビール、酒、焼酎としか書かれておらず気遅れる。

「マスター、あたし、魚! 焼いたやつ」

 友人が普段と同じような口調で一声かけると、「魚……季節物の秋刀魚だな」と厨房から返答があった。秋刀魚の響きに釣られ、私もそれに乗っかることにした。

「焼き魚を焼く時はぁ——」と友人が言う。その時に聞いた魔法の言葉が「カワワカワカラ」である。「何それ」と友人に尋ねても、「ねー」とマスターに同意を求めるだけであり、当時の私からすればなんのこっちゃだ。

 呪文の意味はよくわからなかったけれど、出てきた秋刀魚は美味であった。脂がしっかりとのっていて、それでいて決してしつこくない。少ししてから「ああ、こいつを忘れてた」と添えられた大根おろしのせいで箸は止まることを知らず動き続け、ついつい白いご飯と豚汁も頼んでしまった。

 美味しい料理と少量のお酒に友人との話も弾む。

 時計を見れば23時を少し回ったところ。お会計でも頼もうかという段になり、隣の席に座る一人客の女性が突如としてポツリと「死にたい……」とつぶやいた。

 どんな時にも聞きたくないような一言がハッキリと耳に入ってきてしまい、どうしたものかと友人と顔を見合わせ、狼狽える。なんと声をかけるべきか。否、かけぬべきか。

「掃除が難儀だから、飛び降りるならこれに入って飛び降りろ」

 それは厨房の中から聞こえた。マスターが掃除ついでに70kgのゴミ袋を拡げているので冗談にも聞こえない。

 マスター、それはさすがにと声をかけようとすると、隣の席の女性がプッと笑った。

「何それ。優しい言葉とか出てこない訳?」

「合理的なんだよ」と静かに返した師匠の声に対し、「ってか、どう考えても破れるでしょ、ゴミ袋」と冷静に返した女性の返しがどうしても忘れられずにいる。

🐟🐟🐟🐟🐟

 その日が笑い話となり、いつのまにか常連となった私は、こうして料理教室の生徒としても足繁く通っている。

 それにしても数年の月日は無情なもので、出会った頃は切れ長の三白眼がいなせだった師匠も、今や老眼鏡をかけて料理をする老人である。

「お爺ちゃんに手料理かぁ……」

「おい、ATO! 頭の中の声が漏れてんだよ」

 テヘと笑うと、「——ったく」と言う師匠の皿に焼そっと大根おろしを添えた。

「どうぞ」と言うと師匠は「いただきます」と手を合わせる。そっと醤油を大根おろしにかけ、かぼすを絞った。箸を取り、丁寧に身をほぐし、大根おろしと共に口に運ぶ。仏頂面の師匠がほっこりと頬を緩めた。

 さて、今度は私が我が師に教わった秘伝を伝える番だ。
「さぁ、君に大事な大事なおまじないを伝えよう。カワワ・カ・ワカラ」
 ふーん、と言うだけで大した反応を見せなかった我が息子だが、君はこれなら何百回、何千回と思い出すだろう。魚を美味しく焼く呪文の言葉。
 河は皮から、海は身から。

<了>

あとがき

今回の「人生に影響を与えてくれたマンガの台詞プレゼン大会」は、どれもこれも納得のセリフばかりでした。

総勢18名(かな?)のマンガ好きの方が選んだだけあって、「あー、そのセリフ使いたい!」「うわ、刺さる……」みたいな、そんな感想が湧き上がるばかりです。

ちなみに、僕のプレゼン原稿はこんな感じです。

僕個人の好きなセリフやモットーのようなものを表している、言わばルーツと呼べるものになるのかもしれません。

こちらもぜひ読んでみてやってください。

そして、もっとナカタニの作品を読んでみたいという方がいらっしゃいましtら、こちらのショートショート集もどうぞ。

「スキ」もしてくれたら喜びます。

それではでは!

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