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ちいさなヒーロー

「どうしてこんなこともできないの」

その言葉が刃のように刺さる。
寂しそうな息子の顔を見て、胸の奥がチクチクと痛む。

ごめん。またやってしまった。

間違ったことをしたら、謝る。
謝れば良いという話ではないけれど、
悔い改めるために区切りを付ける。

それから、息子をもう一度抱き締める。

ごめん。

小学一年生の息子は絵が得意だ。
絵心のない自分からすると、
どうしてこうも立体的に書けるのものかと感嘆する。

小学一年生の息子は虫が大好きだ。
虫が苦手な自分からすると、
どうして毛虫を見て「可愛い」と言えるのかはわからないけれど、
好きが高じて彼は虫についてとても詳しい。

小学一年生の息子は足が速い。
本気の運動を避け続けた青春を過ごした自分からすると、
もうそのすばしっこさには追い付ける気がしない。

そんな息子は、時計を読むことができない。

家で読み方を伝えても読むことができない。
時間を聞いてみても読むことができない。
学校で習ってもすぐに忘れてしまうらしい。

そんな時、ついつい言ってしまう。

「どうしてこんなこともできないの」

そこで僕はハッとする。
息子の寂しそうな顔を見てハッとする。

僕は虫に触るのが苦手なので、釣りができない。
息子は虫を触れるし、釣りも上手だ。

僕は根気強くやり続ける集中力が低いのでケン玉ができない。
息子はケン玉が得意で、もしもしかめよを歌い切ることができる。

「どうしてこんなこともできないの」

それはそのまま僕に当てはまることだ。

誰にだって得手不得手はある。
誰にだってできることとできないことがある。

それが当たり前なんだ。

それはわかっていたのに、
どうして僕は同じ過ちを繰り返してしまったのだろう。

学ばなければいけないのは、彼ではない。

僕の方だ。

「どうしてこんなこともできないの」

その言葉が刃のように突き刺さる。
またやってしまった、と胸のそこかしこに突き刺さる。

息子は一所懸命に時計の針を読んでいる。
その目は大きく見開かれて、真剣で真摯で誠実だ。

あの頃から少しだけ大きくなった指で、文字盤にある線を数えている。

「1, 2, 3, 4, 5 …… 21, 22, 23」

数え終わってから、僕の方を向いて答える。

「今は7時23分」

少しだけおっかなびっくりだけど、
少しだけ誇らしげに。

「凄いじゃん」

僕はそう言って彼の頭を撫でる。

いつも頑張っていて偉いねという尊敬の念を込めて。
いつもありがとうという感謝を込めて。
酷いことを言ってごめんという気持ちを込めて。

「うん」

そう言って、彼はへへへと笑う。

君は凄いね。
君はいつだって本気で挑戦しているんだね。

最後のデザートを笑って食べる 君の側に僕は居たい
つまずいたり 転んだりするようなら そっと手を差し伸べるよ

誰かがそう歌ったあの曲が、僕の心の中でそっとリフレインする。

君のヒーローでありたい。
そのために、僕ももう少しだけ背伸びをし続けよう。

#挑戦している君へ

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