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7月の雨の匂い

 風が雨の匂いを運んできた。いつだって印象的な記憶は、匂いでよみがえる。
 夏休みに入ったばかりの7月は、小学校に行く必要がなく本も読み放題で、宿題をずっと先延ばしにできるので大好きだった。でも、嫌なこともあった。朝顔の観察と絵日記だ。小説の主人公はページをめくるたびに状況が変わり、朝顔は毎日成長する。僕の日記だけがページをめくっても同じ内容が並ぶ。
 そんな文句を聞いたのか、父が珍しく家にいた。外は雨でどこにも出かけられなかったので、父は僕が読んでいる本の話を聞いてくれた。「日記は書けそうか」。僕は首を横に振る。「本を読みましたが、本の話をお父さんにしましたになるだけだよ」。「そうか…。そこの壁に立ってみろ」。僕は立ち上がる。すると父は鉛筆を持って僕の頭の上に線を引いた。
 「少し背が伸びたな。朝顔よりも成長しているかもな」。変化が嬉しくて僕が笑うと、父も笑った。窓からかすかに雨の匂いがした。

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