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就職活動中、地獄と相まみえた話(10000文字)


本稿では、筆者が就職活動の際に体験した1つの出来事を記す。




1. 会社へエントリーするか否か


筆者はゲーム会社のデザイナーを、就職先の1つとして考えており、どの会社にエントリーするか日々考えていた。そんな中、某会社のアバターゲームのグラフィックが好きなので、その会社をエントリーの1つにしようと思った。エントリーするにあたり、早速ホームページから募集要項を確認する。幸い新卒デザイナーの採用枠が用意されていた。この会社は、スマートフォン向けゲームをメインに制作しているようだ。

しかし、不安な点がいくつか出てきた。まず、ホームページのトップ画面が、乙女ゲーム一色なのである。このとき筆者は、乙女ゲームという言葉は聞いたことがあるものの、どのようなゲームが乙女ゲームであるのか、あまりよく分かっていないような状態であった。制作実績には、乙女ゲーム以外のゲームもいくつか記載されている。筆者がこの会社を選んだ理由であるゲームも確かに記載がなされている。しかしそこに書かれているだけで、トップ画面を飾っている乙女ゲームと比べ、このゲームを会社として押し出している印象は受けない。ゲーム会社では募集の際に、あらかじめ、ある程度具体的な仕事内容が記載されているようなこともある。今回の場合、分かりやすいところだと、乙女ゲームでの募集等だ。しかしデザイナーとの記載のみである。不安がよぎる。

もう1つの不安点は、募集要項に書かれているディスカッションという項目についてである。どうやら、このディスカッションは説明会が行われた後、同日に行われるようだ。新卒で募集される職種すべて混合でディスカッションがなされることも記載されていた。ゲーム会社の一般的な職種についておおまかに説明すると、プランナー、プログラマー、デザイナーに分かれることが多い。この会社の募集要項でもこの3つの募集であった。筆者が希望するデザイナーは、自身の作品集であるポートフォリオとエントリーシート、面接で採用が決まることが多く、ディスカッション自体、初めての経験である。前述のとおり、会社として押し出しているのは乙女ゲームである。ということは、この会社にエントリーする方々は乙女ゲームの開発に携わりたい、と考えている割合が大きいことが予想できる。はたして筆者初体験ということに加え、このような方々が多く集まるであろうディスカッションに、ついて行けるのだろうか。この点もまた不安である。


2. 当日、会社へ到着


幾つかの不安があったものの、最終的にこの会社をエントリーの1つとすることに決めた。卒業に向けた活動や就職活動で慌ただしい日々を過ごす中、説明会兼ディスカッション(以下、長くなるので、呼び方を本来の意味とは少し異なるが、選考会に統一)当日がやってくる。ちなみに選考会はゲーム会社内で行われる。ビル内の上階に会社があるため、エレベーターを使用し、集合時間に少々の余裕をもって到着する。他の会社の説明会等に、何社か赴いた筆者の経験上、こういった場合、エントランスのロビー等に通され、時間まで少し待つようにとの指示があることが多い。この間、ロビーの雰囲気によるところもあるが、時間まで参加者同士で交流がなされる場合がある。このロビーでも、他の参加者が集まってくるに伴い、いくつかの会話が聞こえてくる。会話の内容は大抵、この会社で制作された、つまり各々がこの会社をエントリーする決め手となったゲームの話題だ。

ここで本稿はじめに記載した、不安な点の1つを危惧する光景を目の当たりにしてしまう。参加者のほとんどの方々が乙女ゲーム関連の話をしている。乙女ゲームの知識に乏しい筆者でもはっきりと分かるほど、どう聞いても乙女ゲームのことで持ち切りである。加えて、同ロビーに入ってくる参加者の方々は、なんと全員が女性である。女性の方が多いだろうとは予想していたが、まさかこれほどに多いとは、全くもって驚いた。性別のみで人を区別してしまうことは良くないことであるが、乙女ゲームというものは女性をターゲットにしているため、どうしても新たに加わった参加者を見るたび、乙女ゲームが理由で今日訪れたのかと勘ぐってしまう。そして、その勘は残念なことに、間違っていないようである。さきほどから続く乙女ゲームの話題が、人数が増えていくにしたがって、話してしているというよりも、盛り上がっているという動詞のほうが、この場の状況を表すに適切なようにすら思えてきた。どうやら1つ目の不安が的中してしまったらしい。筆者は全くもって会話に加わることができない。ここまで完全に会話に入っていけないことはなかなか無い。

筆者がいままで何社か経験したロビーのイメージは、これからの説明会等に臨むにあたっての緊張や不安などを、同じ会社を志願する者同士が集まり会話をすることで、幾分やわらげる場所という感じであった。なんとも言えない独特の緊張感と居心地の悪さを感じてしまったロビーは、この会社が初めてである。


3. 説明会と質疑応答


幾何かの不安を抱えつつ、刻々と説明会の時間が迫ってくる。今日の選考会を担当する社員の方に迎えられ、ロビーから会社内に案内される。ここであらかじめ用意していた、エントリーシートの提出と、加えてデザイナーはポートフォリオを提出する。会社内を移動し、説明会が行われる部屋に到着する。もうすぐ説明会が始まろうとしている。一体どうなってしまうのだろうか。さきほどのロビーでの不安要素が、少しでも和らいでくれることを願うばかりである。

説明担当者の方がマイクを持ち、ついに説明会が行われる。いよいよ始まった。この会社で制作された乙女ゲームの説明からスタートした。ホームページから感じるイメージと同様、乙女ゲームに関連した説明がここからしばらく続き、不安が増してくる。開始時間からしばらく経ち、幸いにも筆者がこの会社にエントリーする決め手となったアバターゲームの説明も少しあり、胸を撫でおろす心地になる。とりあえずは乙女ゲームの説明のみで終わらず、本当に助かった。

会社の説明を終えると次は質疑応答へと移る。アバターゲームについて気になることが多々あるので、ここは是非とも質問をしたいところである。ただ、この場に訪れている大半の参加者 は、ロビーでの振る舞いを鑑みるに、乙女ゲームの開発に携わりたいと考えている方が大多数であろう。乙女ゲームに関連した質疑応答が多くなりそうな状態で、序盤にいきなりアバターゲームについて質問することは憚られる。しばらく様子を伺う。やはり質疑は乙女ゲームに関するものがすべてであった。すべて。なんとすべての質疑が乙女ゲームに関連するものである。さっきのロビーといい、悪い意味でどんどん想像を超えてきている。

あらかじめ予想していたよりも、筆者にとって状況は遥かに悪いようだ。さらにこの状況の理由の1つに、この選考会全体の雰囲気によるところがありそうだ。今まで経験してきたこのような場所の中で、この選考会はかなり和やかな雰囲気だ。この会社が持つ、もともとの社風に加え、社員の方々が参加者の緊張を和らげるために気遣ってくれているのであろう。とても有難いことだ。しかし、筆者のようにこの場に馴染めないものにとっては、より一層居心地が悪くなっている気がする。疎外感というのだろうか。そういったものを、この雰囲気でより強く感じてしまっている気がしてならない。

少し脱線してしまったが、話を質疑応答に戻す。何名かの質疑の後、タイミングを見計らい挙手をする。勇気を出し、アバターゲームの質問をする。乙女ゲームの質問が続く中、なんとも場違いな気がして、やりづらい。どうにか冷静に聞きたい事を発言し終える。ここで筆者は、今年度のデザイナーの採用で、アバターゲームに関わる枠の予定はあるかという、聞きたいこと直球の質問をした。得ることができた回答は、以下の通りである。アバターゲームの制作は、現段階だと今までのチームで行う予定であり、今年度入社後すぐにこのゲームのチームに配属される予定は今のところ無い。しかし、社内でチーム間の移動はあるので、最初は別のゲーム制作のチームに加わり、その後移動ということは、あり得るとのことであった。仕事の内容もアバターゲームへつながるような、デザイン関連の仕事などをして、後に移動するようなイメージを持つとよいのではないかとの具体的な話もいただいた。いままでの質問とは明らかに違う筆者の質問にも、丁寧に対応してくださりありがたい限りである。しかしこの回答内容についてだが、このような言い方をしてしまうことは、申し訳ないところであるが、予想通りお互いにとって角が立たない、無難なものといったところに感じてしまう。この場では、このような回答をするしかないような気もするが、正直なところ、アバターゲームに関われるとも関われないとも、どちらとも取れる、なんともぼかされた印象を受けた。

この文章を読んでくださっている方々の中で、ここまでの話を聞き、この回答通りに物事が進めば、問題はないと感じている方々もいると思う。しかし、ゲーム業界は移り変わりが早い業界である。いまから話すことは、主にスマホで遊ぶソーシャルゲームの説明に限るが、長期にわたり安定して運用されているゲームもある。しかし、思ったような利益を生み出せず、短い期間でサービス終了してしまうゲームも多い。他にも開発や運営を、別会社に委託するというようなこともある。そのような状況を踏まえると、入社暫く経ってからの、特定かつ限定的な期待をしすぎることは、避けたいところだ。

以上の事柄により、筆者は先ほどの質問の内容に対して、あのような感想を抱いたのである。結果論にはなるが、筆者の場合、ここまでの選考会の内容をふまえ、採用の欄に乙女ゲームの開発に関わると明記してほしかったと感じている。このあたりは会社ごとに色々な考えがあるため、難しい判断であることは重々承知しているが、このひとつの文言があれば、この会社のエントリーについての考えも変わった可能性が大いにある。


4. ディスカッションが始まるまで


次はいよいよ、最もどうなるのか予想がつかない、グループディスカッションの時間である。はたしてどのような内容で、どういった形式で行われるのだろうか。先ほどの説明会の様子を踏まえると、不安でしかない。選考会の参加者全員、ディスカッションが行われる会場に移動する。和やかな雰囲気と乙女ゲームという共通の話題により、すでに大分打ち解けている参加者たちは、足取りも軽やかに見え、これから向かう場所を楽しみにしているように思えてしまう。この間、筆者はより一層増した居心地の悪さを感じている。出来る事なら、すぐにでもこの場から立ち去りたいくらいだ。なかなかに厳しい大移動を経て、会場に到着する。入口を通った順に4人ずつ席に座るよう指示がある。

互いに軽い挨拶をし、席に着く。ディスカッション担当の社員の方から、すべてのグループに向けて一斉に説明が始まる。まずは今日のディスカッションに必要な知識として、VRの体験が行われる。どうやらVR関連の議題でディスカッションが行われるようだ。一通り体験が終わると、いよいよディスカッションの内容が発表される。とてもドキドキしている。乙女ゲームに直接関連するような話題だと、この後、相当大変な時間を過ごすことになりそうである。筆者が議論について行けるような議題であることを祈るばかりである。さて、内容は以下の通りだ。VRを用いた新規のコンテンツを考え、指定の時間後にグループごとに発表するということである。ちなみにゲームに限らなくても良いとのことだ。乙女ゲームに特化したものでは無かった。これは筆者がここまで感じていた不安を思うと、予想よりもなんとかなりそうである。この時まではそう思っていた。


5. ディスカッション本番


ディスカッションが始まる。初めは、ゲームを中心とした意見をそれぞれ出しあう。乙女ゲームに限らない多種多様な発言があり、筆者も議論に問題なく参加できている。しかし、意見は数多く出るのだが、全員が納得できるようなものがなかなか出てこず、議論がまとまらない。良くない流れだ。こうなってくると、段々と共通の趣味である乙女ゲームに関する意見が多くなってくる。まずい。とりあえずディスカッションの流れを必死に追い、タイミングを見計らい、相槌や当たり障りのなさそうな発言をしていく。しかし先ほどまでと比べ、筆者が発言をした時、まわりの反応があまり良くない気がする。乙女ゲームに詳しくない筆者がこの話題に割って入ることはさすがに無理がある。かといって、全く発言をしないわけにはいかない。このディスカッションは選考に関係している。途中経過も数名で担当者が見回り、審査している状態だ。それに筆者もこの選考会に時間を割いているため、出来るだけ有意義な物となるようにしたいところである。

しかし、そんな思いとは裏腹に、ディスカッションが進むにつれ、どんどん居場所が無くなってきた感覚に見舞われる。共通の話題がある3人の中に、無理やり放り込まれてしまった感が否めない。仲の良いコミュニティの中に、1人だけ別のコミュニティの人間がいることは、双方にとって好ましくないことだ。共通のコミュニティの3人で一緒に過ごした方が、良いことは明白である。選考会という場で仕方のない状況ではあるが、筆者がこのグループにいることで、申し訳なさを感じてしまう。なんとかディスカッションについていこうと必死になるも、頑張れば頑張るほど馴染めず浮いているように感じる。自分自身がこう感じていると、おのずと第三者にも伝わるものである。3人もこの空間に流れる空気のゆがみとでもいうような、筆者がいることで起こってしまう、なんとも言えない空気を感じ取っていたはずである。

この状況だと、受動的に座って説明を聞いていた説明会の時よりも、自分から行動せざるを得ないこの状況は、一段と辛い。さらに時間が経つにつれ、この噛み合わなさが段々と表に溢れ出てくることとなる。とても心苦しい。恐ろしく居心地が悪い。なす術をもう思いつかないことも、この悪い状況に拍車をかけている。この3人のグループの中に、筆者が入ってしまったことが本当にとても申し訳ない。ここで特筆すべきは、明確な間違いを犯した人物や、悪意を持った人物がいないという事である。しいて言うならば、乙女ゲームを前面に推している会社の選考会に来てしまった筆者自身か。または募集の際に、乙女ゲームの開発という事項を明記してほしかった会社側か。ただ前述のとおり、これも会社それぞれの考えがあると思うので、本当になんとも言えないところである。

しかしながら、ここに一人の人間にとって、まさに地獄ともいえる状況が生み出されてしまった。出来る事なら一刻も早くこの場から立ち去りたい。筆者の力ではどうすることもできない状況となり、無力感に襲われる。しかしながら、ディスカッションをこのまま続けるしか道は無い。そのうえ発表がひかえているため、時間までに議論をまとめなければならない。時間の経過がとても遅く感じる。積極的な発言は諦め、相槌等のリアクションを出来るだけ笑顔で行い、何とかしようと試みる。しかし、そんな苦し紛れの行動も、一度ならなんとかなる場合が多いように思うが、ある一定の時間続けなければならない状況に陥ると、すればするほど段々と辛くなってくる。筆者はこの時、果たして笑顔を保つことが出来ていたのであろうか。もしかしたら笑顔と言えるものでは無い表情がそこにはあったかもしれない。地獄の業火がどんどんと身に染みてくる。熱く熱く息苦しい。早くこのディスカッションが終わることを願うほか無い。そして良い方向に進むこと。この状況で出来ることは、もはやそれらを願うことしか残されていない。なんと辛く長い時間であろうことか。

ここで筆者が属するグループのディスカッションの進行具合を記すと、ほかのグループの様子からなんとなく察するに、話がまとまっていない方に感じる。筆者の願いとは裏腹に、状況は良くないようだ。むしろ時間を使っても好転していないため、ますます、他グループとの差が開いてしまったように感じる。ディスカッションを終えて、発表に向けての話し合いを始めているグループもちらほらと出てきたようだ。ディスカッションは多人数で行う方が良い訳では無いと思うが、4人という同等のルールで行われている中、筆者が参加できず、3人でディスカッションを行なっている状況であることは、本当に申し訳ない次第である。この状況も筆者にとって、とてもしんどい。話が良い方向であれば、黙っているストレスは感じづらいものだ。反対にあまり良くない方を向いている場合に、黙らざるを得ないストレスはなかなか大きなものがある。つらい。しかしながら、どんなに辛いことでも終わらないことは無い。終了時間のアナウンスが入る。そしてこの一件も例に漏れることなく、ようやく終わりを迎える事となる。筆者が今まで生きてきた中で体験したことが無い、恐ろしいほどに長い長い時間に感じた。


6. 他グループの発表


少しだけほっとしたのも束の間。すぐにグループごとにディスカッションの発表をする時間がやってくる。それぞれのグループ毎、壇上に立ち発表をする。しかしここで悪いことに、筆者が属するグループは、ディスカッションに結構な時間を費やしたため、発表に関することがほとんど決まっていない状態であった。

発表の順番はまだ後なので、他のグループの発表を聞く。どのグループにも共通して感じることなのだが、このディスカッションを通して、また一段と雰囲気が良くなっている気がする。今日が初対面の4人ということを考えると、良い意味で緊張感がとけている、リラックスした雰囲気が漂っている。乙女ゲームという共通の話題が根底にあるため、打ち解けやすいのであろうか。ここまでの選考会を見るに、もし会社側に参加者の緊張感を解き、なるべく普段と近いパフォーマンスを発揮させたいという思惑があるならば、今回の選考会の雰囲気作りは、類を見ないほどの大成功であろう。

筆者のグループの順番がだんだんと近づいてくる。不安しかないが、ここまで来ると最早なるようにしかならない。諦めようという気持ちが心の多くを占めている。ただこの時、なぜゲーム会社の選考会に来ているのに、こんな感情にならなければいけないのかと脳の片隅で疑問を感じる冷静さも少しだけ残っている。通常の選考会であれば、なかなか体験し得ないことである。本当にどうしてこんなことになっているのであろうか。

今日のこれまでの経験は、筆者が懸念していた不安な点を、なんとも軽々と超えてきてしまった。単純な居心地の悪さや、自分がこの場に居るべきではないという不快感や申し訳ない気持ち、次にどうなるかという不安や怯え、誰が悪いというわけではないというこの感情の置き所の無さ、そんな感覚が混ざり合い、まるで地獄の炎に身を蝕まれ続けているかのようだ。だがこの地獄も、もう少しの辛抱のはずだ。この最後の関門を突破すれば、ようやく地上の光が見えてくるはずだ。がんばろう。


7. 筆者が属するグループの発表


ついに発表の時間がやってきた。筆者は最後に登壇し、中央から一番遠い場所に立つ。壇上から選考会の参加者たちを見渡すと、自分でもよく分からない感情が沸き起こり、今にも泣きだしてしまいそうな気持ちになった。終盤となり、気持ちが緩んだのであろうか。加えて、今日1日で経験したことのないことが次々と起こり、心労も相当たまっていたであろう。最早、選考に有利な振る舞いをする気力は全くない。現在まで続く地獄により、その心意気もすっかり焼き尽くされてしまったようだ。とにかく今は1秒でも早く、発表の時間が終わることを願うばかりである。

さて、発表の方法はどうなったかというと、メインの発表者が多くの部分を1人で話す方式となった。ということは、筆者は多くの時間を壇上の隅に立つことに費やすわけである。このような状況だと、何もしないより、何かしら動いた方が精神的に楽なものだ。動くと言っても、この場で考えて行動するような類のものではなく、あらかじめ台本が用意されているような事柄に限るが。いったい筆者はどのような顔をして、今この場に立てば良いのであろうか。先ほども同じように表情管理が難しい場面があったが、今回は大勢の前ということもあり、より困難極まる。全くわからない。先ほどでピークであろうかと思われた地獄の炎も、ここに来て容赦なく勢いを増してきた。長いこと燃え続ける炎で、煙はもっくもくである。そろそろ一酸化炭素中毒になってしまわないか心配になる頃合いだ。心なしか意識も遠のいてきた気がする。発表の中盤あたりで一言二言、言葉を発するが、マイクを使用したにも関わらず、筆者自身も驚くほどに小さい声しか出てこない。いつものように声を出す力はもう残っていない。やっとのことで自分の発表の役割を終える。その瞬間恐ろしいほどの疲労に襲われる。この壇上で過ごした時間が、今日という日の中で、一番長く感じた。人生で一番長かったといっても過言ではないひとときを過ごし、ようやく壇上を後にする。とりあえず今日1番の山場は乗り切ったのではないだろうか。おそらくこの後は、話を聞く場面が中心であろう。自発的に行動するセクションがようやく終わり、さらなる疲れが急にどっと出た。

ここから再び、他のグループの発表を聞く時間があり、しばらくして、すべてのグループの発表を終える。そして最後に、最優秀チームの発表がある。当然、筆者の属するグループは、議論が上手くいかなかったため、最優秀チームには選ばれなかった。筆者はけっこうな負けず嫌いであるため、いつもなら多少のくやしさ等があるものだ。しかしこのときは、そのようなことはどうでもよい状態となっていた。早く選考会が終わって欲しい。早くこの場から脱出したい。その思いあるのみだ。次に、今日の選考会を担当してくださった社員の方々から少しばかりお話があり、いよいよ終幕の時間が近づいてくる。そして、今日の選考会が終わりとの言葉が発せられる。とても長く長く苦しかった地獄も、ついに終わりを迎える時がやって来る。


8. 終了


終わった。ついに終わったのだ。心がスッと一気に軽くなる。そそくさと荷物をまとめ、一目散に会場の出口へ向かう。地獄からの脱出が目前となり、安堵と嬉しさで心が浮き足立つ。出口に向かうためにはエレベーターに乗る必要があるのだが、その中でも今日の選考会を象徴するような光景に出会うこととなる。参加者同士、選考会終わりとは思えない、とても打ち解けた雰囲気で会話が行われている。

選考会が終わりを迎え、これからこの方々と関わらなくてもよいという状況に変化したことで、このような人々のつながりを生み出すことができる、この選考会という場は、多くの参加者にとってすごく良いものであり、貴重な場であったとあらためて感じた。実際に筆者が関わることが無ければ、あらためて今日の選考会は、緊張感も少なく、居心地もよい、参加者の配慮も感じられる、とても良い選考会であったと思う。

そんな光景を見つつ、外に出ることを夢見ながら、エレベーターは一階に到着する。ついに出口が見えた。一目散に建物の出口へ向かう。自動ドアを潜り抜けると、ついに外に出る。地獄からの脱出。外だ。今この時をもってして、地獄は完璧に終わったのだ。深呼吸をする。空気がとてもおいしい。なんと有難いことであろうか。あの熱く燃え盛る炎ともおさらばだ。願わくば、人生において、もう二度と、あの身を焦がすほどの灼熱の炎の熱さを感じたくは無いものだ。参加者たちはまだまだ話し足りない様子で、ビルから出たところで、少しばかり集まり、談笑する様子が見られた。そんな参加者たちを横目に、一人そそくさと帰路に就く筆者なのであった。

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