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僕が子どもの頃にプログラミングを始めたキッカケは、ベーマガとMファンだった

最近は、福岡県のプログラミング教育推進協議会の委員を拝命していたり、各地で子ども達や先生方に講演することが増えてきたり、Springin'というビジュアルプログラミングツールをリリースしたりと、子どもの頃からプログラミングに触れるのは良いことだよ、と言う側になっています。

じゃあそんな僕は、いつ、なんでプログラミングをやり始めたんだっけ、と思ったので記憶をたどってみました。Twitterにも書いちゃったし。

プログラミングに関しては、習ったりとか専門だったことはないので完全に独学ですが、3つの期に分けられそうです。

第1期 ゲーム買えないから打ち込んでた中学生

父親の会社の人がパソコンオタクで、その人からもらった(借りてたのかも)お古のPC-8801を触らせてもらったのが、最初のパソコン的なものに興味を持ったキッカケだったような気がします。そこから自分のパソコンが欲しくて買ってもらったのが「MSX2+」でした。

パソコンとは言っても、今思えばMSXはほぼキーボードの付いたゲーム機です。中学生にはゲーム以外にやることないですよね。とはいえ、そんなにゲームを買うお金も無い。もっとゲームをやるにはこのキーボードで打ち込むしかない、ということで、「BASIC Magazine(ベーマガ)」というプログラミングのコードがそのまま印刷されている本に出会います。

ここに印刷されている「なんだかよくわからない文字列」を間違わずにMSXに打ち込みさえすれば、ゲームができてしまうのです。なんという夢のような話なんでしょう。僕はゲームがしたい一心で写経を続けました。昔の中学生は時間だけはあったのです。でも、ベーマガはちょっと難しいんですよ。大人向け(?)だったような気がします。なので、ゲーム情報も沢山載っててMSXに特化した「MSX Fan(Mファン)」という雑誌を購読し、そこに載ってるプログラムを写してはゲームで遊ぶようになりました。

そのまま写していると、数字変えてみたらどうなるのかなーとか試してみたくなりますよね?で、いじってみると、変な動きになったりするわけです。それだけで、なんか自分で作ってるような気がしてきます。
結局エラーで動かなくなっちゃったりとかするんですけど(笑)。

自分でゼロから何か作ってみたいなぁとおもってはいたのですが、いきなりゲームとかはまあ絶対無理。そこで、MSX Fanにあった1行だけのジョークプログラムを作ってみようと思い立ちました。

超単純な、文字列表示関数しか使わないけど、ちょっとひねったやつ。
せっかく作ったので、思い切ってそれをMSX Fanに投稿してみました。ハガキに手書きでプログラムを書き込んで郵送です。

そしたらなんと、雑誌に載ったんです!
いまだに覚えてるくらいなので、相当嬉しかったんだと思います。

検索してみたら、当時のMSX Fanのアーカイブがありました!

この中の、「シューティング」というやつが僕のです。
ペンネーム「タブータ」。なんでこんなのにしたのか、全くわかりませんw

10 CLS : SCREEN 1 : WIDTH 1 : COLOR 10,1,1 : PLAY"T255O6V15C.o3GC3" :
PRINT"                    ||||                              めい中!"
20 COLOR 1,8,10 : COLOR 15,10,8 : GOTO 20

コードはこんな感じ。
要するに、画面の幅を1文字にして、空白と縦線を表示したらシューッと縦線がビームみたいに飛んでいったように見える、というだけです。ゲームでもなんでもない、単なるアイデア賞です。

実はこれに味を占めてもう一回投稿して掲載されています。
こちらは、MSXの画像処理能力の限界で画面の色の高速切り替えが縞々に見えるという現象を利用したものでした。ひねくれたアイデアばかりで全然正攻法で開発してませんね。

プログラミングっぽいことをしていたのはこのへんまでで、高校受験もあったのでプログラミング熱は徐々に冷めていきます。中高は群馬県に住んでいたので県立太田高校に入学(男子校でした)、そこで体育会系の弓道部に入ったことで、プログラミングからは遠ざかっていきました。とはいえ、パソコンゲームとかアニメとかラノベとかテーブルトークRPGとかにはハマってたので、十分にオタクではありましたが。

長くなってしまったので、今回は第1期だけ。

結局、動機はゲームがしたかったから、でした。
いろいろ作ることは小さい頃から好きだったけど、プログラミングがしたいと思って始めたわけじゃないし、勉強をしたわけでもないんですよね。

この頃は、1行ジョークプログラムを書いたことがある程度。まったくプログラミングができる状態ではありません。だけど、この、雑誌に載ったという成功体験と、プログラミングしたことある、という自負が大事だったんだということが、今ならわかります。

なぜなら、大学生の時、自分はプログラミングができると大嘘ついてソフト開発のバイトを始めることになるのですから。

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