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第三十六回 短編を書いてみた③「高価格のビデオ」

こんにちは、なかむらまことです。
久しぶりに短編を書きました。
中身がだいぶグロテスクな点は申し訳ないです。
かつての短編書いてみたシリーズと同じ設定を用いています。

タイトル「高価格のビデオ」

※グロテスクな描写があります

『他人を覗いてみませんか?』『レンタルビデオ』
そんな触れ込みがデカデカとビビットカラーで書かれているお店。
店の窓ガラスはすべて目張りしてあり、中の様子は伺えない。
多くの人はこの店の前を通るとき、小走りに走る。特に親子。
もちろん、ここはそんな大人な店ではない。
この店には他人の記憶がはいったビデオを貸し出してくれるのだ。
店の扉を押し開けると、いつもの店員がいた。
「このビデオ面白かったよ。特に『大統領の一日』と『大富豪、島を買う』は格別だったね。いい体験だった」
「ありがとうございます。その二本はたしかに人気の高い作品ですね。まぁ誰もが大統領や大富豪になれるわけではありませんから」
『大統領の一日』。このビデオテープには大統領の記憶が入っていた。日常業務や会談に臨む大統領の一日を、大統領の目線で見ることができる。
『大富豪、島を買う』は文字通りの大富豪が島を買うまでの記憶が入っていた。色んな島を比較し、税金や経費を何度も確認した。大富豪がやっていることは単調であったが、金の桁数が尋常ではなかった。
どちらも、自分では想像できない世界だった。
「しかし、どんなふうにして記憶をビデオテープに録画するんだい?」
「ははは、実はこれでできるんです」
店員が手のひらで軽く撫でたのは、店員のいるカウンターテーブルだった。
「これは、カウンターじゃないのか?」
「実はこれをつけて、カウンター内でぽちっとボタンを押せば、記憶を録画できるんです」
店員がもって見せたのは、ヘルメットのような、目から頭全体を覆うヘッドセットであった。
「そんなに簡単にできるのか。ならば、私でも記憶をビデオテープにいれて売ることができるかい?」
「面白い記憶をお持ちでしたらね。買取は100万円からで、モノによっては1億するものもあります」
「結構な値段だな!とはいえ、今は売れるほどの記憶がないな」
「みなさんそんなもんです。だからこそ、この記憶ビデオレンタルサービスが成り立つというものです」
「確かに」
次のビデオを探しながら棚を眺めていると、タイトルのないビデオがあることに気が付いた。
「店員さん、このタイトルのないビデオはどんな内容なんだい?」
「ああ、それはあまりよくないビデオです。タイトルのつけようがなくて、そのままにしているビデオなんです。見ないほうがいいですよ」
「ふむ、そういわれると気になる。これを貸し出してくれ」
「やめたほうがいいですよ」
「ダメといわれると気になるタイプでね、ルールは破るものだよ」
店員は深いため息をひとつつき、貸し出しの受付をした。
「忠告はしましたからね」

家に帰ってすぐにダッシュでテレビ前に行き、ビデオをセットした。
画面には薄暗いリビングが映し出された。
部屋の天井から一本の縄が吊るされており、先がわっかになっている。
顔にわっかを通す気配がした。画面には少し小高い視点からリビングテーブルが映っている。
ガタン、という大きな音がしたかと思うと、視界が少し下がった。
大きく画面が揺れている。
呻く声が聞こえる。視界がぼやけたり、はっきり映ったり、白黒になったりする。
ひときわ視界が大きく揺れた後、
『これで脱出できる!!!』
という大声とともに、ビデオが終わった。
自殺の記憶だった。
しかし、おそろしい以上に別の考えが湧いてきた。
「確かに恐ろしい記憶だが、これなら私にもできる。つまり、私も死ぬ記憶を売れば大金が貰えるのではないか?」
首つり自殺はすでにあったので、別の方法でやらなくてはいけない。
よりショッキングな記憶ができれば、面白いビデオになるだろうと考え、
キッチンから包丁を取り出した。
そして包丁をそのまま胸に突き刺した。
刺しはじめたところで鋭い痛みがでて、血が少し垂れた。
少し力を強くすると、ずぶずぶ包丁が胸に吸い込まれていく。
あまり良い映像とは言えないが、ショッキングであることには間違いない。
「これで私も億万長者だ!!」
しゃべったとたんに息ができなくなり、痛みが襲ってきた。
床にうずくまりながらも、必死に包丁を突き立てた。
さすがに意識がなくなりだしたとき、ふと思った。
「この記憶は誰が記録してくれるんだ?死んでも記憶は取り出せるのか?」
大事なことだったが、店員に聞くことを忘れていた。
このままでは死に損になってしまう。
もうろうとする意識と体を必死にたたき起こし、家を出た。

店が見えてきた途端に、足が覚束なくなったが、匍匐前進でかろうじてドアを開けた。
「私の記憶を……」
力なく手をカウンターに伸ばすことしかできなかった。
そのまま視界は真っ赤になり、意識が遠のいていった。
手が力なく床に落ちるのを見届けて、店員がつぶやいた。
「だから忠告したのに」

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