見出し画像

場末感漂う映画館にて

 「面白い映画があるから」と友人に誘われて、仕事帰りに映画館の前で待ち合わせた。そこは旧作映画専門の、名画座というよりは二番館と呼ぶにふさわしい映画館。入口が二手に分かれていて、危うく隣のポルノ映画館へ入ってしまいそうになる。入替制ではないので、時間が許す限り映画館に居続けることができるのだが、シートが硬くて2本が限界だ。前の座席の下には空き缶が放置されていて、足を伸ばせば派手な音を立てて転がしてしまいそう。お世辞にもきれいとは言えない、いや、はっきり言って小汚い、場末感漂う映画館だった。

 100人くらいは収容できる広さだったが、ところどころに人の気配がすするだけで、先客は5人ほど。どんな映画で、誰が出ているのかもまったく知らない。でも、友人のセンスは最高だから、心配はない。

 始まったのは、マイク・マイヤーズの『オースティン・パワーズ』。イギリスのスパイ、オースティン・パワーズの活躍を描いた007のパロディで、おバカなB級コメディ映画だ。セットはチャチだし、ストーリーもバカバカしくて、くだらないったらありゃしない。でもこれは最高のほめ言葉。周囲を気にすることなくくつろいで、声を上げて笑った。その日『オースティン・パワーズ』は、「私の好きな映画ベスト10」に堂々ランクインしたのだった。

 その後、きれいなシネコンで『オースティン・パワーズ』の続編を見たのだが、

あれ?

と肩透かしを食らった気分になった。私の好きな『オースティン・パワーズ』は、もっともっと楽しかったぞ?

 続編が1作目を越えるのは難しいということもあるけれど、どうやら中身の問題ではないらしい。あの小汚い映画館の場末の空気感の中で見たからこそ、『オースティン・パワーズ』のB級的なおもしろさが、より際立ったに違いない。人の感情は環境に影響されるもの。内容だけでなく、ハコも大事な要素だったのだ。

 しかし、きれいなラッピングで中身のクオリティも増すというのが普通だが、小汚いハコでこそ活きる映画があるというのもおもしろい。それが『オースティン・パワーズ』のすごさであり面白さであると思う。あのハコで『ローマの休日』や『タイタニック』を見ても没頭できそうにないが、『オースティン・パワーズ』はあのハコでこそ輝きを増す映画だった。

 ひと昔前、映画館は暗くてあやしい場所だった。照明が落ちた後、もしも知らない誰かが隣に座ったら、すぐに席を替えなければならないような、ちょっと危険な場所だった。きれいで明るいシネコンで、安心して映画を見たい気持ちはもちろんあるし、お世話にもなっている。でも場末の二番館も残っていてほしいと思うのは、贅沢な願いだろうか。あの映画館は、いまはもうなくなってしまった。きれいで明るいもの、清潔で美しいものばかりでは、世界のおもしろさを半分しか味わえていないような気がする。

 『オースティン・パワーズ』は、今も「私の好きな映画ベスト10」に燦然と輝いている。但し、あの場末感漂う映画館で見た『オースティン・パワーズ』、という注釈つきで。

この記事が参加している募集

映画館の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?