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もっともっと説明をしていく習慣が必要かも

これで説明は完璧!ということは、実際にはほとんどありませんよね。たいていが言葉不足なり、イメージ不足なりで伝達はしきれていません。でも、どんだけ言葉を尽くしても、時間や労力を費やしても完璧はあり得ません。

人はそれぞれ、個体差があるし、そこまでに歩んできた道のり、背景も違うことからコミュニケーションを取るに取っても、完璧などは難しいです。

だからこそ、その労力と伝わった割合をコスパで計算し、折り合いを付けていくのが現実だろうと思います。そうでないと、綿密に、完璧に伝えようとすればするほど、相手の時間を侵食、費やすことに繋がるし、迷惑にしかならないからです。

これは広告や看板なども同じで、いくら周知、認知を高めようとしてもあまりにやり過ぎるとむしろ反応、評価は逆効果になりそうですね。もちろん、現実的には逆効果になるほどのレベルまで周知、認知を高める方が難しいくらいですが。

ネットもそうで、確かに情報は溢れ、なんでも揃っているように思われます。思われますが、実際はまだまだ情報不足です。リアルにある情報量って普段はあまり意識していないだけで、私たちがイメージする以上に豊富です。ですので、誰かに無理やり届けようとすると迷惑でしかないものかもしれませんが、ネットという大海ならば、意識されるかどうかはさておき、幾らでも情報を投下しても問題はないと思います。

もちろん、良き情報であった方が良いし、誰かのお役に立てる方が良いです。その質も良い方が喜ばれますし、アクセスや仕組みも使い勝手が良い方が嬉しいです。そこは工夫しつつ、「これくらい」という意識を押しのけて、とことんネットの大海に情報を投下し、戦い抜く、存在感を作っていくのはいかがでしょうか?

いまだ、ネットというものは限界を見せていないように思います。確かにコスパが悪い、ニーズがないように感じる場面もありますが、そもそも現実だってみなそうです。全部が一緒だからこそ、現実よりはコスパが良いネットに勝負をかけてみるのも良いではないでしょうか?

神屋はそう思って活動してきました。Web3.0だの、メタバースだの、ここnoteもそうですが、あらゆる仕組みや環境が登場し、ネットの世界、オンラインの世界は可能性を拡大しています。ですが、実際はまだまだ可能性を開拓している途上だと思います。そこで勝負してみる。もっともっと自分たちの活動を、考えを、情報をネットに出してみる。説明していく。そんな行き方はどうでしょうか?

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