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【評論】涙の意味を考察│「成瀬は天下を取りに行く」漫画版:一話【2024/05/25】

著者プロフィール:

 抜こう作用:元オンラインゲーマー、人狼Jというゲームで活動。人狼ゲームの戦術論をnoteに投稿したのがきっかけで、執筆活動を始める。月15冊程度本を読む読書家。書評、コラムなどをnoteに投稿。独特の筆致、アーティスティックな記号論理、衒学趣味が持ち味。大学生。ASD。IQ117。

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 「成瀬は天下を取りに行く」、は毛嫌いしていた。なぜなら、独特の世界観を持っている少女が、破天荒な事をやってファンを獲得するという構図が気に入らない。思想なき破天荒を持ち味とする人間も、それを面白がる人達も、僕の趣味には合わない。しかし、本屋大賞作品なので、チェックしたい気持ちもあった。

 そんな事を思っているうちに、漫画化のニュースが飛び込んできた。無論、私の毛嫌い理由は理不尽であると僕は知っていた。なので、これを機に読んでみようと思ったのは自然な流れだ。そして、一話読んだ。漫画を一話だけ読んで感想が書けるのか。これは複雑な問題だ。複雑だが、取り敢えず挑戦してみようと思う。

あらすじ:
 「私は、この夏を西武に捧げようと思う」。成瀬がまた変な事を言い出した。成瀬は、昔から個性的で注目を集めたが、愛嬌がなく、中学2年生現在孤立している。幼地味の島崎みゆきは、成瀬に、毎日のテレビのチェックを頼まれた。西武大津店の閉店中継に毎日映るというのだ。中学2年生の夏が始まる────。

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 まず、「この夏を西武に捧げる」と言うが、その方法がよく分からない。成瀬は、西武の閉店中継に毎日映るという。毎日テレビに映って、どうするつもりなのか。この後の展開を勝手に予測しよう。恐らく、毎日映っていると、話題を呼ぶだろう。反響があり、多くの人の間で有名になるか、テレビからのアプローチがあるか。そこで、成瀬が真意を述べる。こういった展開だろうか。

 なんにせよ、一見、無目的で意味不明な行動だと思っていたものが、実は裏に深い意図があったというのは、物語の王道パターンだ。逆に、これで何もなかったら怖い。破天荒というのは、目的の方向性の問題であって、目的もなく意味不明な行動を取るならそれは狂人だ。

 ところで、面白いくだりはある。島崎は、成瀬がライオンズのユニフォームを着ながら、応援の音頭(?)を取るテレビ中継を見る。そこで、誰からもスルーされているのに、やり続ける成瀬を見て、「すごいなあ…成瀬」と言い涙を流すのだ。

 この涙について、解釈は単純なものだと、こうなる。島崎は、自ら学校社会に適合し生き抜く為に、周囲に合わせる生活を余儀なくされている。しかし、成瀬は、孤立しても気にしないだけの強さがある。よって、成瀬は憧れと共にジェラシーの対象である。もしくは、ジェラシーというよりは、自らの欺瞞性を指摘されているようで、苦しい。更に、成瀬が孤立して欲しくないという優しさもある。この涙は、そういった感情の複合である。結局は、成瀬の強さと、自らの弱さの対比で、この涙は生まれた。こういう事だ。

 しかし、もう少し見てみよう。涙を流す前に、島崎はテレビに向かって喋り続ける。「みんな避けてるって、明らか不審者じゃん」、「ねぇなんでやり続けられるの?普通やめない?」、と。特に、後者は「ねぇ」と呼びかけの形を取っている事を踏まえてみよう。これは、明らかに、成瀬に自らの声が届かない(=価値を持たない)事を表す描写である。成瀬は独立しており、島崎なしでも成立する。強い成瀬と、干渉出来ない島崎、そういった構図での涙と解釈出来る。

 もっとも、このような島崎の認識は、遅かれ早かれ今後覆されるのだろう。成瀬に取って島崎は他の大多数ではないよ、といった具合に展開するのだろう。そういった、青春友情ものと捉えてしまっていいのではないか。ここまでは一話を読めばそれこそ多くの人がそう捉える、順当な解釈である。しかし、私が注目したいのは思想である。

 成瀬はなぜこのような行動を取るのか?破天荒なだけでなく、何かしら大義があるのか?例えば、200歳まで生きるという目標を掲げた。不可能ではないかもしれない。しかし、長生きの意義はやる事がそれだけ沢山ある場合だ。既存の方法を試すのではなく、単に独特な事をやっているというのは、ユニークではある。ユニークではあるのだけど、ある種の合理性を持ち合わせているのだろうか。

 独自性のある主人公に必要とされるのは思想である。本屋大賞を取っている本作は、正直、期待してしまっても良い気がしてきた。既に、一話を読んだ上で、成瀬への嫌悪感はあまりなく、若干プラスぐらいの好印象である。

 ということで、その辺が気になった作品であった。次の話が公開されたら読みます、多分。それでは。



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