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その幸せって本当に「自分の幸せのカタチ」ですか?他人の幸せのカタチを生きていないですか?

「結婚したら幸せ」

「出世したら幸せ」

「子供がいたら幸せ」

「お金持ちなら幸せ」

この世界にはたくさんの「幸せのカタチ」が溢れている。

それもそのはず、幸せって感じることなんて人それぞれ十人十色で人の数だけ「幸せのカタチ」はあるはずなのです。

でも人はなぜか、なりたい「自分の幸せのカタチ」があるはずなのに、他人の「結婚して○年?じゃあ早く子供ができればいいね~」とか「もう〇〇歳かぁ~早く出世するように頑張れ!」とか他人の常識や幸せのカタチを聞いて、いつの間にか「そうできていない自分、そのカタチにハマっていない自分」に落ち込んだり焦ったり、そうなっていない自分はダメな人間なのかな…なんて自分を責めたりする。

……。

……あれ?

でもそれって「他人が思う幸せのカタチ」ですよね?

「自分の幸せのカタチ」ではないですよね?

もしかしたらいつの間にか「他人の幸せのカタチや常識」が「自分の幸せのカタチ」なんだと思い込んでいないですか?

例えば、出世するよりも家族との時間を大事にして子供と遊びたいとか、やりたいことや趣味があるから自分の時間をたくさん作りたいって思っている人は、会社で責任ある仕事を任せられてやりがいはあるけど残業ばっかり…という状況はその人の幸せのカタチとはちょっと違うのかなって思います。

しかし周りから「このくらいの年齢なんだからもっと責任ある仕事をしている方がすごいことだ」とか言われているうちに「本当に自分が望んでいること」ではなく「みんなが言っている当たり前」が「幸せってこうなんだ」と、気づかないうちに自分でもそれが「自分にとっての幸せのカタチ」だと思い込んで一生懸命そのカタチにハマるように頑張ってしまう。

本当はそれが一番の幸せだ、なんて思っていないのに…。

それは確かに偉くなって周りに尊敬されたら嬉しいなぁなんて気持ちも少しはあったりするけど、でも本当は人に指示をだすより、周りをサポートしたり一緒に何かを作りだすことの方が好きだなぁ…。

なんて、そんな思いを抱えながら今日もまた「誰かが言った幸せのカタチ」に自分を当てはめてしまい悩んだりする。


でも、幸せのカタチって本当に人それぞれあっていいんですよ。


「仕事を休んで部屋で一日中好きなことやって幸せ」

「一人で気ままに好きな場所に旅行に行けて好きなもの食べられて幸せ」

「お金にならなくてもボランティアしている時が一番人の役に立てている実感が持てて幸せ」

「なんでもある都会より不便な田舎で暮らす方が幸せ」

本当に幸せのカタチは人それぞれです。

だから一番大事なのは、

「自分にとっての幸せのカタチは何か?」

ということを自分自身がちゃんと分かってあげられているかどうかが大事なことなのだと思います。

自分が心地いいと感じる場所はどこなのか。

自分にとってのベストな働き方はどんな働き方なのか。

自分は誰と一緒にいたいのか。

自分は何をしている時が楽しいのか。

自分が幸せになれる選択肢を自分で選んでいく。

そこにはきっと、

「自分だけの幸せのカタチ」がある。

もっと自分のことを知ろう。

もっと自分と対話しよう。

もっと自分を大事にしてあげよう。

そしたらきっと、自分で自分を幸せにしてあげられるはず。


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