「田中一村」展@東京都美術館
雑誌で特集しているのを読んで、絶対に行きたいと思っていた「田中一村」展。
東京に行く予定ができたので行ってきました。
たまたま行ったのが10月1日。都民の日ということで、美術館・博物館や動物園が無料開放となっており、上野がごった返してびっくりしました。
特別展である「田中一村」展は有料でしたが、そのためか平日とはいえ結構混んでいました。
更に作品数もものすごく多く、ゆっくりじっくり見たので気付いたら4時間半くらいいました。しかも通常の展覧会よりも寒い気がして、観終わったらカチカチに凍ってしまいました。おばさんが、ウィンドブレーカーのフードをかぶって首までしっかりチャックを上げているのを見て、「その気持ち分かる…」となりました。
それはさておき、寒さに耐えつつじっくり見たくなるくらい、とても見ごたえ十分の展覧会だったのは間違えありません。
全体的な感想
この展覧会の特集を雑誌で見るまで、田中一村という画家を知りませんでしたが、子どもの頃から天才の呼ばれるくらいすばらしい絵を描いていました。8歳の時点で、大人の絵と見まごうくらいの筆のコントロールが完璧にされている絵を描いていました。
ただ、最初の方は南画を描いており、南画が不得手の私としてはあまり見どころが分からない状態でした。
そのため、南画と決別して以降の作品がとても魅力的に感じ、展示数からして南画はもっとざっと見て体力温存しておいた方が良かったと思ったくらい。
一村は東京芸大にストレート入学する実力を持ちながらも、数カ月で退学。その後独学の道を進みます。
公募展に出しても落選が続き、それがきっかけなのか奄美へと移住します。もしかして、誰にも師事せず独学というのが公募展の落選に繋がったのかと邪推してしまいましたが、そう思ってしまうくらい作品は素晴らしかったのです。確かに王道の日本画っぽくないところもあり、彩度高く、コントラストも強い作品は、ともすれば版画っぽいイメージもありましたが、そこには新しい日本画への挑戦心も感じられました。
それだけに生前認められなかったのは残念な気がしましたが、落選したからこそ奄美に行ったとすれば、あの素晴らしい作品がそれによって生まれたのだろうし、中央画壇に認められなくても後援者がいたようで、襖絵、天井画など大作が残っているのは良かったのかなと思いました。
他の画家に見られない、面白いなと思ったのは、色紙に描く絵です。
もちろん色紙へ絵を描くのは珍しいことではないのですが、静物画をさらさらっと描かれることが多いと思います。もしくは富士山だけ、とか鳥数羽とか。
でも一村は風景画というのか、掛軸や屛風絵などで描きそうなしっかりとした絵を描いていたのです。
そうなると、色紙は正方形であるため、縦長、横長の掛軸、屛風絵とは異なった雰囲気の絵となっていて興味深かったです。例えば、竹林を横からとらえた絵は、屛風絵など横長の絵であれば横運動を強く感じるものの、正方形だとそこまでの伸びを感じません。そうなると動きというよりも、切り取られた風景の面白さ、構図の面白さが強調されるような気がしました。なんとなくInstagramの映えを思い起こしました。
こうした色紙を含め、一村作品の大きな魅力は、その豊かで美しい色彩のような気がしました。
それだけに南画スタートの画家というのがびっくりです。
逆に、奄美という色彩豊かな島に惹かれ、その魅力を絵にしたのは納得でした。
本日のBEST:《枇榔樹の森に浅葱斑蝶》 絹本墨画着色/額装/1面、昭和40年代後半
奄美で描かれた作品群のいくつかが同じくらい素晴らしかったので、とても迷いましたが、僅差でこれが一番かなと思いました。
枇榔樹が彩度の低い、グレーのような絵で描かれていて、しかもそれが画面の大半を占めているので、ほぼグレーのような作品。
その中に白、薄黄色、赤色といったグレー地に目立つような色が、踊るように点在しているのが絶妙なバランスとなっていました。
色の対比だけではなく、枇榔の葉の規律よく放射する形に直線っぽい線と、リズミカルに点在する花という対比もあります。
そして中央から少しずらしたところに浅葱斑蝶。草花の偶然性をはらむ曲線の中で、きっちりデザインされた模様が、小さいながらもピリッと画面を締めている気がしました。
左端にちらりと赤色が覗いているのも、アクセントがきいていると思いました。
ポスターになっているような、いわゆる田中一村の代表作に比べると、ちょっと地味な印象になるかもしれませんが、こういうちょっとした機微で絶妙なバランスを保っている作品に惹かれがちです。
その他印象的だった作品
以下、メモレベルの感想です。
《秋色》 絹本着色/1面、1930年代半ば
色彩感覚の素晴らしさがよく分かる作品。様々な色に紅葉した様々な形の葉を、まるで抽象画のように配置している。ビビッドな色だけれども、木の幹や葉の一部に落ち着いた茶色を配置することで中和している。
《秋色》 紙本着色/1面、昭和10年代
上と同じタイトルだが、こちらは水彩のように薄い色。赤い色を中央に流れるように配置していながら、木の幹や蔓はまた違う動きを出して、と飽きさせない構図。
《千葉寺 杉並木》 紙本墨画着色/額装/1面、昭和20年代末
連作の1つ。雲が写実的にしっかりと描かれているのが、日本画というより洋画に感じさせられる。でも和紙に描かれているため、にじみが水彩紙とは異なって、紙の繊維にそってとんがって出ているのが面白い。
《「白い花」》 紙本金砂子地着色/屏風/2曲1隻、昭和22年(1947)9月
第19回青龍社展で初入選した作品。それも頷けるほど、迫力もあるし、シンプルに美しい。
ほぼ画面が緑と白で構成されていて爽やか。葉は盛り上げいよって重なりを表現しているため、遠くから見るとほぼ1つの塊に見える。でも割と細かく隙間が設定されているので、もっさりした感じはない。
右下にオレンジと黒のトラツグミが配されてめを引くが、同じようなオレンジ色が、笹の枯れた色として全体的に置かれているので、そこまで唐突感がないのも良い。
《秋色虎鶫》 絹本着色/額装/1面、1950年代
上の1930年代半ばに描かれた方の《秋色》を彷彿させる、鮮やかに紅葉した葉などで構成された作品。トラツグミがいたり、画面が正方形により近いせいか、《秋色》よりもかわいらしさが出ている。
《クロトンと熱帯魚》 絹本着色/額装/1面、昭和48年(1973)以前
熱帯魚と葉っぱという組み合わせ。葉っぱも熱帯魚に負けず劣らず鮮やかで模様入りなので、色彩の構成力が余すことなく表現されている。地は薄黄色で、モチーフの影なのか、グレーが配されているので、色のぶつかり合いが緩和されている。それもあってか余計に色遊びを感じる。
《奄美の郷に褄紅蝶》 絹本墨画着色/額装/1面、昭和43年(1968)頃
赤や紫の花、蝶、黄色い実、黄色い葉、そして遠景には海に山や家も見える。そういった明るい色が、彩度の低い葉が多くしめる画面に配されることによって、リズミカルに感じる。葉は彩度が低い分、枇榔の葉の垂れ下がりや虫食いといった形の面白さを際立てている。
《枇榔と浜木綿》 絹本墨画着色/額装/1面、昭和40年代
おそらくその部屋一番というくらい、色数が少ない絵だったけれども、本日のBESTと悩むくらい、好きな作品だった。
ほぼグレーの枇榔で占められる作品で、それゆえに形の面白さが出る。枇榔の葉のたなびく線と、実の丸くてコロコロしたリズムが面白い。実がなっている枝もくねくねとした曲線で、葉との対比になっている。
画面下部にはほんの少しだけ浜木綿がのぞいていて、それによって画面内の奥行きが出ている。浜木綿の白が強烈なため、浜木綿が前景にあることがしっかりと強調され、それによって枇榔の背景の淡い遠景も示唆されて、画面の奥行きをしっかり認識されるようになるのだ。おそらく浜木綿がないと、のっぺりとした作品になっていたと思う。
背景がうっすらしたピンクなのも、グレーっぽい枇榔に白の浜木綿だけだと寂しくなるところを、温かみを演出している。
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