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イギリスの春を思い出す

先日、令和天皇がご自身の2年間のイギリス留学を綴られた『テムズとともに』という本を読んだ。
天皇陛下に心酔しているとかそういう訳ではないが、自分がイギリスに留学していたこともあって、ロイヤルファミリーが留学するとどんな感じなのかなという好奇心をもってのことだった。

結論から言うと、めちゃくちゃ不敬な言い方だとは分かっているが、天皇陛下のお人柄に触れることができて、なんだかファンになってしまった。
なにせ自分のミスまでも隠さずに綴られる誠実さ、色んな人への感謝の気持ちを忘れない謙虚さ、時々垣間見れるお茶目さ、そしてにじみ出るポジティブ思考が伝わってきたのだ。
そして、警護官がついているとはいえ、日本にいる時よりもはるかな自由な時間を満喫されていたのがよく分かり(なにせ洗濯もアイロンもご自分でされ、買い物も初めてされたと書いてあった)、イギリスを去る際の心境は、リアル「ローマの休日」であった(こちらは”休日”ではなくちゃんと学業も修められていたが)。その時にはすっかり陛下のファンになっているものだから、イギリスを去る時の話は涙なしでは読めなかった。

とまあ、もし興味あればぜひとも読んでみていただきたい『テムズとともに』なのだが、今回書きたかったのは、私がいかにファンになってしまったかではない。
終章にイギリスについての所感について書かれているのだが、その内容に大きく頷くしかなく、そして懐かしく思ったのでそのことを書きたい。

書かれているポイントすべてが「うんうん」という感じなのだが、今が春だからというのもあって、春に結び付けて光について書かれていたことを取り上げたい。

イギリスの冬は長くどんよりとした日々が多い。そのかわりに春は非常に美しく、水仙やクロッカスが咲き誇る。
ヨーロッパの人々が、あんなにも多く「春」を芸術の対象としていることも自然とうなずかれる。
日本のように四季がはっきりとしており、万葉の人が梅や桜の花を春の象徴としてとらえ、ホトトギスの声に夏の訪れを感じるような季節感とは違うのではないか、ということが書かれていた。

まさにその通りで、イギリスでは1年は明るい時と暗い時にざっくり分かれるような気がしている。
本当に冬は暗く、朝は8時ごろまで暗いし、4時にはすっかり夜のような態になっている。

日本でも日が短くなるが、それの比ではないのだ。
しかも日本は冬でも冬晴れという言葉がある通り、冬であっても明るい日はある。
そして冬でも椿や山茶花が咲いていたり、それなりに色がある。
そして冬から春になるのも、梅が咲き、桃が咲き、桜が咲き…と徐々に春めいてくる。

ところがイギリスでは、本当に冬は色がない。
クリスマスに無理やり明るくしている感がある。というか、冬はクリスマスのあの明るさがないと逆にやっていけないんじゃないかなと思う。

因みにご存知の通り、学校は9月から始まるものだから、新学期が始まるとどんどん日が短くなり暗くなる。
日本の4月に始まる、新しい学期の爽やかさ、明るさとは真逆の趣きである。
日本人留学生の中では、このどんどん暗くなっていく環境の中で、英語が思うように伝わらない辛さも相まって、帰国する人もいた記憶がある。
私といえば、完全に陰キャだったからか、暗さが気に入ってしまい、もう夜かな…と思ったらまだ4時だ、なんだか得した気分!と思っていた。

そんな冬が終わり春になると、びっくりするくらい突然、本当に突然、花が咲き乱れるのだ。
黄色い水仙がぶわーーーーっと乱立するようになり、その明るさに一気に気持ちが高揚する。
そして太陽が顔を出し、光にあふれる。

イギリスが誇るビートルズに"Here comes the Sun"という曲があるが、イギリスの春を迎えると実感として"Here comes the Sun"になる。

まさにこの春への印象の違いが、文化的背景として色濃く出ていると思う。
日本では、「春はあけぼの」と言ったり、漢詩の「春眠暁を覚えず」に共感したり、なんとなく春はのどかなイメージが強い。
それは冬にもある程度の光があったものの、春の光には温かさが含まれるようになり、湿気もはらむようになるのか霞かかってくるからだろう(最近は黄砂もあるかもしれないが…)。

イギリスをはじめとしたヨーロッパでは、春となるといっせいに生命が活発になる季節である。
冬が非常に暗いのもあるからか、その対比によって、爆発的にも感じられる。
特にイギリスでは、夏もそんなに変わらないので、日本のようにぐんぐん気温が上がってエネルギーが最高潮になる夏!というイメージがあまりないような気もする。
だから、日本のようなおだやかなイメージよりも、様々な花が咲き乱れる、美しさの爆発のようなイメージがあるのだと思う。
春に「イースター」という復活祭があるのも、こうしたエネルギーの再生を強烈に感じるからなのだろう。

同じ「春」をとっても、その風土によってまったく異なる体験をすることになり、それによってそれに対しる認識も少し違ってきて、更に文化も変ってくる。
イギリス留学を通して経験したはずのことを忘れつつあったので、『テムズとともに』を読んで図らずもハッとさせられた。
そして、少しでも太陽が出ると、日本人からすると肌寒くたって上着を脱いで、芝生にこぞって寝っ転がっていたイギリス人たちを懐かしく思ったのだった。

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