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哲学とは何か

 哲学とは何か。

 さて、これは難しい問いかけだ。僕たちは日々生きながら、絶えず何らかについて思考している。しかしその思考を、そのままではわざわざ「哲学」とは呼ばないだろう。ふつう哲学とは、大学の哲学科で学んだり、難しそうな本を読んだりするを通じて繰り広げられてゆく、特殊な思考様式であるといえる。そのテーマもたいてい「生きるとは何か」とか「認識とは何か」とかそういう「まあ、俺にとってはどうでもいいや」っていう感じのものばかりだ。そういう意味で、哲学は、いつも大衆の生活から遊離したところにある。いわば一つの高貴な遊戯である。哲学とは生きてゆくための必須のもの、ではない。

 そもそも哲学の歴史を見ても、哲学は「暇」から生まれたものなのだということがわかる。西洋哲学の始まりの地である古代ギリシャでは「奴隷制」が当たり前に行われていた。そこではだいたい日常の仕事やら生活の細々したことは奴隷にやらせていたので、雇い主であるお金持ちのおじさんたちは「暇」を持て余していた。そこで、
「そうだ、暇だしいっちょ世界のことについてでも考えてみるか」
っていう感じでいわゆる「自然哲学」という最初の哲学が始まったのだった。だから哲学っていうのは言ってしまえばその始まりからして「金持ちの遊び」なのだともいえる。

 大衆にとっては哲学よりもむしろ宗教の方が「生きる手立て」としては有効なものだった。信じてれば神様が救ってくれる、その方がシンプルでいいじゃないか。それに神様にかこつけてお祭りなんか開けば地元の人同士が仲良くなれるし、あわよくばそこで恋人ができちゃったり!なんて。(日本の村落の祭り文化なんてものは近代化されるまではこういうノリだった。「夜這い」とかそういう文化が残っていた時代だ)
 
 だいたい哲学みたいなややこしいことを考えてる暇なんて、僕たち「ふつうの人々」にはなかなかないはずだ。さすがに古代ギリシャの奴隷たちと僕らでは生活の在り方が全然違うけれど、忙しいという点では昔も今も同じ。哲学なんかよりも考えないといけないことがいっぱい、たとえば仕事の問題、休日の予定、家族との関係、自分の健康、それからそれから…という感じで山積みだ。そんな中で哲学の入り込む隙はなかなかない。だから哲学はだんだん廃れてきたのかもしれない。哲学上の主要な問題がかなり解決されてきたから哲学は下火になったとか、哲学なんか大学でやっても就職で困るからとか、色んな理由はあるだろうけど、とにかく言えることはそもそも哲学なんてものは昔から「暇つぶし」として存在していて、ある時期(カントやヘーゲルなんかの時期かなぁ)にやたらと持ち上げられただけで、そもそもの始まりに立ち返ってみれば「どーでもいいもの」なんじゃないだろうか。これが、僕の考えだ。

 それでも僕が大学で哲学をやる意味は、そういう「遊戯として」の哲学の価値に希望を持っているからだ。現代人に必要なものは、生きるための哲学、とかそういう重たくて暑苦しいものじゃなくて、本来の軽やかな「遊び」としての哲学なんじゃないか。僕はそう思っている。確かに現代人は忙しい。けれど、みんな何らかの趣味はある。哲学を中心にして生きる、なんてことはやってられないだろうけど、それでも趣味の一つとして哲学は全然アリだと思う。いや、アリだと思えるくらい魅力あるものなんだけど、伝わってないんだと思う。

 80年代の現代思想ブームのあたりで、そういう「知的遊戯」と親和性が高い哲学がかなり輸入されたと思う。そういうのが「表象文化論」とかに使われていって、いろいろ身近な文化について哲学の言葉を使いながら分析するようになったりした。けれどその頃はまだ、哲学というもの自体の重苦しさが残っていたし、マルクス主義の克服とか、それっぽいモチーフなんかも与えられたりして、あんまり世間の人々にそれらの哲学が「楽しまれて」いなかった気がする。それなりに「消費」はされていただろうけど、それが「遊戯」にまでいかなかった、そんな感じがしている。本当はすごく楽しいものなんだけど。だって、生きててちょっともやもやしたことに哲学的眼差しを向けることでそれっぽい説明がつけられるのって、すごく面白くない?と僕は思う。

 哲学とは本来的にそういう軽やかな遊戯として、楽しんでいいものなはずだ。

 だから僕は哲学を遊戯として楽しむことを極めつつ、そうして広く人々に伝えていけたら、それが自分の仕事としてはベストなものになるだろうなとか、最近は思ったりする。

 古代から中世・近代にかけて遊戯から学問になった哲学が、現代思想においては消費されるものとなった。今度はそれをまた遊戯にもどす。人々の生活に密着したものにはならないだろうけど、ぎりぎり身近な趣味くらいにはなるまで、近づけていく。それが僕のやりたいことだ。

 哲学とは何か。その質問に僕なら
「哲学とは最高の暇つぶしで、知の遊びである」
と答えるだろう。

 

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