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「お客様は神様」曲解の罪

発言者の意図と異なる解釈により言葉だけが広まってしまうことはよくありますが、三波春夫氏の「お客様は神様です」というフレーズについては、真意から完全に離れて悪用されてしまうことすらあるようです。ご本人にとっては非常に不本意なことでしょうね。

そもそもこのフレーズは、対談時に投げかけられた「お客様をどう思いますか?」という問いに対する答えの一部が切り取られる形で流行したものです。この時のご発言を要約させていただきますと、完璧な芸事のためには神前に立つがごとき敬虔な心が必要であり、演者たる者お客様を歓ばせることは絶対条件なのであるから、演者にとってのお客様をどう思うかといえば絶対的な存在=神様とみている、という主旨でありました。プロとして歌を提供することに対する真摯な姿勢と誇り高さが伺えますし、芸事は神事を起源とするものも多いので、素直に入ってくる素晴らしい表現だと思います。

しかし不幸なことにいつからか、お客様はお金を払ってくれる存在なので神様のように崇める、といったような誤った品のない解釈が生まれ、広まってしまいました。困ったことに誤用のまま社員教育の理念として用いられているケースもあるようです。

先述の対談が行われたのは1960年頃とのことですから、岩戸景気の後半にあたります。マーケット全体が売り手市場の時代で、欲しくても買えない、需要に供給が追いつかない状況ですから「買ってください」ではなく「売ってください」という構造です。

逆に、人口減少が深刻な社会問題と化した現代では供給過多によりモノがあふれた買い手市場ですので、買ってあげている→お客様の立場が上→神様といった、おかしな認識が浸透しやすいと言えるのかもしれません。

しかし商売とは本来、売らない自由が存在するものではないでしょうか。物品の売買に例えますと、対象物を創作できるものとそうでない者が存在し、前者が提供する気になってはじめて後者は自ら生み出せない物を手にすることができる訳です。購入希望者への販売を決める権利は売り手側にあり、在庫が豊富でも、どんなに大金を積んでも、断られてしまってはどうしようもありませんので、望む物を手に入れることのできる幸運は決して当然のものではありません。売り手は基本的に良いものを広めたいと考えているのですから、正当な評価を受ければ理由もなく提供しないということはなく、両者に上下など存在しないことは自明のように思えますが…。

サービスを提供する側にフォーカスされてしまいがちなホスピタリティですが、サービスを受ける側にも必要なものであることを認識していただければ、「お客様は神様である」ことの誤解も生まれなくなるかもしれませんね。

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