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短歌エッセイ「同じ道 走るきみらは全力で キラキラ光れ 眩く光れ」

残業を終え、帰り道を歩いていると
懐かしいブランドのロゴを見かけた。

疲弊したわたしに、一瞬の夏を見せるような二人組。
高校生か大学生か。
若い女の子ふたりが「Nittaku」のロゴマークが入ったおそろいのTシャツを着て歩いている。

もし、わたしが続けていたら、同じTシャツを着たがっただろうなぁと
残業で疲れた頭でぼんやりと思い描く。

あのころのわたしは、どの代の先輩が考えたのかと問い詰めたくなるくらい恥ずかしいポエミーな言葉の入ったクラブTシャツを着ていた。

「Nittaku」というブランドでお察しの通り、
かつてわたしは卓球少女だった。

中学生になり、テニス部に入ろうと思っていたわたしだったが、体験入部で全くと言っていいほどラケットにボールが当たらなかった。

すかっ。すかっ。

ラケットが宙をきる。ラリーにすらならない。
小1時間ほど体験したが、
とうとう相手コートに返球されることはなかった。

「最初はみんなそうだよ」
先輩は苦笑いで言ってくれたが、
友人たちは返球できていたので、そういう問題ではないんだろう。
すごく運動神経が鈍いということもなかったと思うので、
こればかりはどうしようもないセンスの問題だと幼いながらに痛感した。

翌日、不貞腐れながら行った卓球部の体験入部で
ラリーが続いたことが奇跡のように思えてしまったのだと思う。
気が付いたら、卓球部に入部していた。
友人と行く約束をしていたバレー部と吹奏楽部の体験入部はすっぽかした。

卓球部で過ごした日々をハイライトとしてまとめてしまうと、
それなりに山あり谷あり、起伏の激しい日々だった。

デビュー戦はそれなりで、
地区の学年でベスト8だった。
その後の県大会で初戦敗退。
井の中の蛙だと痛感。

その後、ベスト8を何度か経験した。
自分の学校じゃ満足できなくて、
他校生に声をかけて練習に付き合ってもらった。

そして2年目にして、
ようやく3位の表彰状をもらう。

嬉しかった。楽しかった。
だけれど、わたしはどの地区大会でも泣いていた。
帰り道の車では、いつも泣きつかれて眠っていた。
たぶん、この学年で一番卓球が好きだから、好きな人間が一番になるべきだと信じていた。
いま振り返ると、なんて傲慢な人間なんだと思う。
あのときは傲慢な願いが叶わないことが、
悔しくて苦しかった。

走って、走って、走りぬいてやろうと思っていた。

少しずつ道が狭く険しくなっていることに気が付きながら、気が付かないふりをして走り続けた。


崩壊のきっかけは、
ラケットを吹っ飛ばしたことだった。

ふと見た指先が震えている。
しばらくして、痛みで痺れていると気が付いた。
痛み止めで抑え込んでいた腱鞘炎は、限界まで悪化していた。

練習をすればするほど、
少しずつ痛みを無視できなくなっていることには
ずいぶんと前から気が付いていて、それでも練習を辞めることが怖かった。

もうダメだ。
頑張れない。

努力が実を結ばなくなる練習に向き合うことも、
卓球から少し離れる勇気を持つことも、
わたしにはできなかった。

「もう無理です。やめます」と言ったとき、
顧問はわたしを引き留めた。

「休んで戻ってくればいい。しばらく球拾いだけするとか、軽い試し打ちだけするとか。少し頭を冷やしなさい」

いま思い返せば、教育者として全うで優しい言葉だったんだろうけど
あのときは憎くて憎くて仕方がなかった。

卓球をできない人間が卓球場で何をしろと言うんだと、泣いて怒ったことをよく覚えている。
それから卒業まで一言も言葉を交わすことはなく、
理不尽だとは思うけれど彼は最後まで憎い存在だった。

卓球を辞めて、もうずいぶんと年月がたった。
高校を卒業して、大学を卒業して、社会人として働いている。

卓球場でラケットを振り、仲間と切磋した日々。
地区大会で負けては悔し泣きをして眠るような子が、今では残業に疲れ果てて泥のように眠る日々を繰り返している。

腱鞘炎は、卓球を辞めてしばらくして治癒した。
下がりきっていた握力も、一年と少しで元通りになった。
「少し休んで戻ってきたらいい」と、言った顧問の正しさは高校生になってようやく気が付く。
だけど、わたしは卓球部のない高校に進学していた。
「戻りたい」と思う心はあったけれど、戻る先はどこにもなかった。

あのまま高等部に進学していてたら、
顧問はわたしを受け入れてくれただろう。
そう思うと、悔しくてやりきれなかった。
卒業の日に渡された謝罪と応援のメッセージがぎっしりと書き込まれた色紙を眺め見ては、戻りたいとむせび泣いた過去を想う。


NittakuのTシャツを着ている彼女たちは、卓球が好きだろうか。
好きで好きで大好きで、楽しい毎日だろうか。
相手の意表を突いたショットが決まったとき、
渾身の一撃をカウンターでものにしたとき、
拳を突き上げて勝利を実感する日々を走りぬいているのだろうか。

名前も知らない少女たち、
決してわたしのようにはならないで。

同じ道を走りゆく、彼女たちの背を見て願う。
キラキラ光れ、眩く光れ。


ー同じ道 走るきみらは全力で キラキラ光れ、眩く光れ





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