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『鼻紙写楽』一ノ関 圭(2015, 小学館)

侍の家に生まれながら幼い頃から芝居の世界に惹かれ、家出して中村座の笛吹きとなった勝十郎は、兄の急死で侍に戻る事となる。その頃、江戸中を騒がせていた連続幼女誘拐殺人事件に成田屋(5代目市川団十郎)の御曹司が巻き込まれ、現場に居合わせた勝十郎が間一髪で命だけは助ける事が出来たのだが…。

先週のある日。職場の事務所に置いてあった、「ご自由にお持ち下さい」と書かれた箱をちらりと覗いた時に何故か目が釘付けになり、エッこんな定価¥1,800(税抜)もする本、いいの!?と思いながらもちゃっかり持ち帰ったのが、この『鼻紙写楽』。
といっても浮世絵や歌舞伎に詳しい訳でもなく、作者の一ノ関圭さんも存じ上げなかった。漫画にしてもその昔流行った少女漫画も読まなかったし(エースをねらえとかガラスの仮面とか←古いね)、例外的にハマったのは、つる姫とあだち充とPeanuts Comics、あといじわるばあさん位(支離滅裂)。なのに何故だかそのままその場を離れるのが惜しくて、昔のチャート式参考書みたいにぶ暑い本だけど貰ってきちゃった。手塚治虫文化賞、日本漫画家協会賞大賞受賞作品。(以外ネタバレ、まいど長文…)

帰館して本を開いた途端、紙面からはみ出さんばかりの躍動感に満ち溢れた画が目の前に迫り、あっという間に江戸中期の芝居町ワールドにタイムトラベル。巻頭では元笛吹きの下っ端同心・勝十郎が、成田屋との関わりに続き、田沼意次と松平定信の権力争いや時代の波に巻き込まれてゆく様が劇画調で描かれている。
次は前述の成田屋御曹司・徳蔵の付き人、卯之吉による懐古談。水害で両親と弟を亡くした千葉行徳生まれの少年ちぢまつは、芝居町で働いていた親戚に引き取られる。その紹介で成田屋に奉公に出る事となり、数歳年下の徳蔵と対面する。我儘で気分屋の徳蔵に振り回されっぱなしであったが、いったん舞台に上がると光り輝くオーラを放つ小海老(徳蔵)に魅了されてゆく。実は幼い頃にそれぞれ大きなものを失い、心に癒えぬ深い傷を抱えた者同士でもあり、いつしか立場の違いを超えた強い絆が育まれていったのだった。

このように舞台は江戸の芝居町、登場人物は成田屋・5代目団十郎一家、父と息子、その姉達が中心であり、あら?タイトルとなっている写楽とは??と狐につままれた心地になってきた頃、192頁目にして(全428頁中)ようやく出てきたのが、はるばる大坂から錦絵を学ぼうと江戸へやって来た絵師、流光斎如圭こと伊三次。切れ長の目元の涼しいちょいといい男。寛政の改革のあおりでベテラン女形が公衆の面前で役人に辱めを受けた際、大立ち回りをした芝居茶屋の若女将(にして成田屋の次女)りはを機転を利かせて助け、成り行きで成田屋の長屋に住みながら役者絵を描き続けるうちに、ふたりの距離が次第に…。ただしそれは写楽が世に出る5年前の事、とまたもや肩透かしを食らってしまうのだ。
最後の章は一転して20数年後の芝居町。ライバルの小屋が初鰹の大盤振る舞いをしたとの報に、おいら一生鰹は食わねえ!とつむじを曲げる、親方と呼ばれる役者。それを見ていた版元のおやっさんがぼそりと呟く。成田屋の7代目じゃねえか、似てきやがったぜ顔立ちが。親父の…によ。

東洲斎写楽は多くの謎に包まれた浮世絵師で、その活躍も1794年から95年にかけての1年程なのだとか。今では阿波徳島藩主蜂須賀家お抱え能役者、斎藤十郎兵衛説が有力なのだそうだが、この一ノ関写楽はその説を採っていない。一ノ関圭さん御自身もこの『鼻紙写楽』前には同じくややマニアックな3冊しか世に出していない寡作な方で、写楽と同じく謎のベールに包まれている。けれどどうやら藝大油画科のご出身、なるほど瞬時に読者を江戸の町に引き込む訳で、主要人物ばかりではなく版元達の駆け引き、また絵草紙売り、真夏の水売り(ひゃっこい、ひゃっこい!)、往来の群衆に至るまでそれぞれの喜怒哀楽、体温を感じさせる緻密な圧倒的画力。
実際に成田屋の家系図にも5代目の後妻として記録されている(市川海老蔵サイト参照)、おるやさんも小股の切れ上がった踊りのお師匠として登場しており、なかなか強烈な印象を残す。小海老の付き人卯之吉にしろ、威勢は良いが女であるが故に活躍し切れない成田屋次女(家系図に7代目母として記載あり、ただし父は分からず)にしろ、影の存在ながらもその時代を懸命に生きていた人々にそっと寄り添う視線も良い。

元々は2002年に一番最後の章が、その後途切れ途切れに絵師伊三次、そして卯之吉、最後に勝十郎にまつわる章という順で、実に7年以上に渡り、まるで謎解き噺のように連載されていたのを、2015年に1冊にまとめるにあたり時系列で編集し直したらしい。故に若干場面が重複したり、あるいは飛び飛びに感じられたりと流れが雑に感じる時もあり、2度目は掲載順に読んでみたりして新たな発見もあり良かった。それにしてもこの2年のコロナ禍の中で、久方ぶりに恋にも似た?何かに心を鷲づかみにされる心地。ちょっと新鮮な体験で、思わず前作『茶箱広重』をAmazonでポチリ。これまた広重でも2代目と3代目に焦点を当てた、文明開花時代が舞台の佳作。

最後にひとつ、「役者だもの、見えたまんまじゃあつまらねえ。」
本日はこれぎりィィ〜。

(ここまで読んで下すった奇特な方々、有難うござんした〜🙏)

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