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車がパンクした話【奥の階段#7藤崎】

わたくしは商業施設の奥の方にひっそりとある、階段が好きである。
今回は、仙台の百貨店、藤崎の奥の階段。

手摺の色が途中で変わっているのも味か
店舗横狭い入口
むき出し配管

「風が季節運び 夢は心誘う」
開店と同時に入店すると藤崎百貨店のテーマソングが流れる。
懐かしい。
覚えようとしたことなどないのだが、カーラジオから度々流れるこの曲をいつの間にか空で歌えるようになっていた。

それだけ車の中で過ごしていた時間が長かったということだ。仙台は車社会だ。日常的に車に乗っていると時にとんだ災難に遭うこともある。それは仙台から郡山まで仕事で行った帰りのできごとであった。

仙台から郡山まで高速を使って1時間半。朝早くの移動で最悪な気分だったし、そのころは仕事も上手くいかず悩んでいてメンタル的にも落ち込んでいたときでもあった。そういう時に限って災厄は降りかかるものである。

仕事を終え夕方、ようやく帰れる、今日は早く帰ってすぐ休もうと高速のインターへ向かっているときであった。ガタガタと不穏な振動を後輪から感じる。まさかね…と思いながらもしばらく走るが、やがて振動は大きくなりまっすぐ走ることもままならない状況になった。仕方なく付近にあった蕎麦屋の駐車場へ、店員へ一声かけて駐車させてもらう。やはり後輪はパンクしていた。あぁなんで…こんなに疲れている日に限って…しばらく運転席で絶望した後、こんなことをしていてもしょうがないとJAFへ連絡をした。

パンクして動けないことと場所を伝える。到着は1時間半後になるとのこと。あぁなんてこと…どこにも行けず蕎麦屋の駐車場で待機をしなければいけない…

作業員の方が来てくれて、手際よく手当てをしてくれる。それでも作業は1時間ほどかかった。あたりはすっかり日が落ちて、時刻は21時頃になっていた。最近の車は重量を軽くするためスペアタイヤを積んでおらず、代わりにパンク修理キットを備えている。この日は仙台まで帰りたかったのでキットでは間に合わず、スペアタイヤを借りて取り付けることになった。そして更なる災難が待ち受けていた。

「スペアタイヤを取り付けたけど、若干元のタイヤとサイズが違うから念のため高速はやめておいた方がいいかもね」
あぁそんな…今から高速なしで仙台へ帰るのか…下道で帰れば3時間弱。その日のうちに家に着くのもギリギリだ。
しかし専門家の意見には従おう。できるだけ早く帰りたいという願いは終に叶わぬ夢としてすっぱり諦め、ゆっくり国道を北上して帰ることにした。

コンビニでコーヒーを買い、グイと一口飲みこんでアクセルを踏む。信号で車を止めるたび、明るくも暗くもない街灯に照らされて歩道を行く人々を眺める。開けた窓から、これから訪れる厳しい冬の前の穏やかで心地よい風が通り抜ける。時間はゆっくり静かに流れていた。

長い今日の一日を思い返す、仕事は面倒でやるせなかったが、急場に停めた蕎麦屋のおばちゃんは何度も声をかけてくれて優しかったし、作業員のおじさんは、てきぱきとタイヤを取り付けながら「気の毒だねえ」と心細そうな若造に同情と励ましの言葉をくれた。

カーステレオからは普段聞かないラジオのパーソナリティが、知らないリスナーの悩みに答えているのが聞こえる。今朝はあんなにトゲトゲしていた心は、ずいぶんと穏やかに余裕を持てていた。時間はゆっくり静かに流れていた。

焦らずにゆっくり進もう。時間がかかっても確実にゴールへ近づいている。
わたくしの心はどうやらパンクせずに済んだようだ。

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