2月にホエールスイムしたんだと、ふと思い出す。
今年も残り1ヶ月半。まだ年末の話題はしないけど、カレンダーを眺めていて見かけることが増えてきたなと感じる。
仕事でも、今年やったこと(移動水族館とか)の報告書を書いていたり、来年度の計画書を書いていたりする。年末感が出だしている。
そこで、個人的な来年以降の目標も整理し始めている。
ちょっと億劫だったのだが、書き出してみるとめちゃめちゃ面白い。
目標を書く中で、最も面白いのは「本当は会いたかった生き物シリーズ」だ。
僕は水族館で働いたこともあるし、今は個人でやっているから、普通の人よりはいろんな生き物を見ている方だと思う。
ただ、それも結構”水族館で”しか見たことがないものも多い。
できるなら野生で見たい、、、、と思うけど
時間・お金とかそういうのを理由にしてあきらめていた生き物は結構多い。
でも、3年前くらいだろうか。心境の変化もあり、
「金も時間もきちんと整理して、本当は会いたかった生き物に会いにいこう」
と決めたのだ。
今年は海士に引っ越した年で、島から出ずに集中してやるべきことも多かったのだけど、また来年もフルスロットルで働けば、ちょっとは旅行にいけそうなので目標を改めて書くことにしたのだ。それが楽しい。
この目標シリーズを考え出した当初は荒んだ生活から足をあらってやり直そうとしていた時期で、借金もそれなりの金額を抱え込んでいて、とてもそんなことを考えている余裕がある状況でもなかったけど、「とりあえず夢は捨てないようにしよう」とだけ考えて、少しずつ準備することにした。
まず最初は無職をやめること。
次にしたのは、できるだけ早く借金を返せるようにダブルワークすること。
そんなこんなで1年ぐらい過ごしていたら、ちょっと無理すれば「本当は会いたかった生き物に行く旅」ができるかも、、、となり始めた。
最初は「クジラ」から
それで一番最初にやってみたかったのがホエールスイム。
ホエールウォッチングはしたことがあったのだけど、水中でクジラを観察するということにすごく憧れがあった。
どうやら沖縄で冬に参加できるらしい、ということがわかり、引き続きダブルワークしながら、借金を返しつつ、お金をちょっとずつためて、行ってみることにした。
最初のチャレンジは見れなかった!
クジラ自体は見れたのだが、水中でクジラを観察するのは、潜るタイミングなど、が絶妙にあっていて、かつクジラさんがそれなりに落ち着いて泳いでくれているときでないと成立しない。
ということもあって、何度もアタックを試みたのだけど、結局この時は見れなかった。
もちろん満足に見れなかったのだとしても、ホエールスイムの参加費は出さねばならない。船長さんが雇われていたり、船もチャーターされているのだから当然だ。
交通費や宿泊費もすべて混みこみでいうと全部で15万円。
今以上に金がなくてしんどい時期だったので、まじか、、、と普通に凹んだことを覚えている。
でもあきらめてはいませんでしたよ。
残念には思いつつ、その1年後に再トライすることに決めていた。
実はそれが今年(2023年)だったのだけど、2月にいったのだ。
海士に引っ越す前に、絶対に見に行きたいと思っていたから、ダイビングショップには2日間でお願いすることにした。
そしたら、とんでもなくクジラとよく遭遇した。
このパターンは結構珍しいことなのか、現地のガイドスタッフも大喜びだったし、というか船の上は初対面同士とは思えないほどはしゃいでいた。
クジラってすげぇな。といろんな意味で思った。
でも本当に感動した。
口にすればアホみたいだけど、
地球ってすげぇな、とか
海って本当に広いよな、とか
こんな生き物が暮らしているんだ、、とか
ありきたりな言葉しかでないけど、それくらい感動的だった。
「本当は会いたかった生き物シリーズ」の目標を改めて書いてみているときに、2月にクジラ(多分ザトウクジラ)にあったことを思い出すと、とんでもない高揚感が湧き上がってくる。あのときの感覚はなかなか言葉にできない。
見れなかった分を含めると、金は全部で30万ぐらい突っ込んだと思う。
その30万使わずにとっておけば、それこそ借金とかももっと早く返せていたと思う。
でもいってよかったと思う。
「これからも頑張って生きていきたい理由」が、もっと具体的に自分の中にみつかったのだから。
ただ思考停止気味に借金だけ返すためだけに働いていたら、きっと根本的には立ち直れていなかったと思う。「ただなんとなく楽しく生きて居れてるからいいけど、、うーんモヤモヤ」みたいな中途半端な状態をつづけていただけだと思う。
あと、過去に”心配になった子供たち”に、今度は胸を張っていられる!!と自信を持ち直すことができたのはすごく達成感があった。
どういうことかというと、水族館で働いていた時、「夢のない現実的な子供達」と出会うことがちょくちょくあったのだ。
どんな子供達かというと行きたそうな海や会いたい生き物があっても、お金や時間といった理由を並べて「いけない」という子供達だ。
子供たちが大人顔負けのリアリティある”できない理由”を並べてくるのだ。あれは、すこしゾッとするものがあった。
例えば、「○○の海は片道行くのに1日以上かかるから、往復で2日かかるでしょ。それに旅費もすごいよ。○○万とかでしょ。そしたら私の学力で働ける会社員生活だと無理だから、どうせ私じゃいけない」
とかいうのである。小学校3~4年くらいの子供たちが。あまりにリアルな「いけない理由」をならべるのだからびっくり驚愕したことがある。
こういった子供はそこまで多くはないが、体感では一定数は必ずいる。少なくとも数人はそういう子供に会ったことがある。
飼育係時代にこういう子供達に会うと、すごく悲しくなったことを覚えている。魚に詳しくなるとか、自然意識を高めるとか、そんなこと以上に、
「夢をあきらめる子供が育っている」ということに強い違和感を持った。魚も自然も、好きな人が好きな関わり方をしていればいいのであるが、そんなことより「ある対象に興味や関心を持ちつつも、すぐにあきらめてしまっている子がいる」ということの方が、僕は社会的に健全ではないと思っている。
しかしそんな印象深い子供達と接している中で、薄々思っていたのは「自分もそう思っている」ということだった。表面上は「そんなことないよ。頑張れば見にいけるよ」とか当時言っていたと思うのだが、「俺も”できない”と思っているかも、、、」とグサッときていたのだ。
でもいつか、「そんなことないぞ」と言えるようになりたいと思っていた。
今、クジラ(目標)を見れたから、思うのだが、もちろんすぐに達成できたわけではない。結構いろいろ無理をしていることもあったけど、見れたときに、「自分も頑張ればできる」という達成感も含めて、すごく誇らしく思ったことを覚えている。根気強く物事に取り組む価値を、人生で初めて学びとった瞬間かもしれない。(まぁすべてはガイドさんのお陰ですが)
今、本当は会いたかった生き物シリーズをまとめていると、このことを良く考える。基本は自分が楽しんで、そして純粋に会いにいくだけなんだけど、またあの時のように、「夢を持つことを躊躇している子供」ともし今度出会うことがあったら、胸を張って、自分のことを語れる大人でいたいと思う。
プロスポーツ選手とかじゃないんだから、多分そんなこと話す機会は、ほとんどないとおもうけど、
海や魚を詳しく語る以上に、夢を語って応援できることの方が、クサイけど大事なはずだ。
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