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妹 の 恋 人 【3/30】

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 妹の咲子は、少し病気だ。

 咲子は子どもの頃から鈍くてトロいが、いやらしことにかけてはやたらと早熟だった。

 双子は、遺伝的にはほぼ同じ個体だという。
 しかし、わたしと咲子の中身は水と油。
 ウサギとトラ。
 ダイヤモンドと鼻くそくらいに違っている。
 
 咲子は生まれつきの淫乱症なのかもしれない。

 これまでに咲子は、数々の男と身体を重ねてきた……というと、なんかあまりにもまともすぎる。

 言い直すと、いろんな男にヤラれてきた。

 というか、咲子はトロくてバカなので、男にちょっと強引に迫られると、すぐそのペースに流されてしまう。
 

 咲子は『断る』とか、『拒絶する』とかそういう反応が、まったくできない。
 

 今回は最悪の結果だった……妊娠するなんて。
 しかもあんな男の子どもを、妊娠するなんて。

 咲子とわたしの性格の決定的な違いは、その他のあらゆるところにある。

 わたしは、自分でいうのも何だが、自我と自己主張が強い。
 咲子は自我がなく、すべてを周り任せにして生きている。

 わたしはきちんとしていないことや、だらしない人間がキライだ。
 咲子はどうしようもなくなるまで何の手も打たないタイプで、他人のだらしなさにすぐ巻き込まれてしまう。

 これまで、わたしはどれだけ、咲子のしでかしてきたことの後処理をしてきたたことか。
 実はもうお互い、いい大人なんだし、咲子とは縁を切りたいと常々願っている。

 しかし……これは不思議としかいいようがないけど、わたしたちはある部分で、双子特有の、わかちがたい絆で繋がれている。

 わたしにしてみればこれは、一種の呪いみたいなものだった。

 はたから見れば、わたしたち姉妹はそれぞれ別の身体を持った個体だが……
 ほんとうは、下半身を見えない糸でつながれている。
 認めたくないことだけど。

 そのことにはじめて気づいたのは、わたしたちが小学校五年生の時だった。

 あれはたしか8月のあたまで、とても寝苦しい夜。

 あの頃、わたしたち姉妹は二段ベッドに寝ていた。
 わたしが下で、咲子が上。

 いつもは寝付きの良い咲子が、落ち着かなく身じろぎしてベッドをましているのを、いつも寝付きの悪いわたしは下で聞いていた。

 窓を開けてはいたけれど、風はまったくなく、部屋の中で滞留している空気はどこまでも重く、湿っていた。

 ふわり、と咲子のの匂いがした。
 
 普段はそれを感じることは全くないけれど、ごくまれに……こんなふうに、ふと、咲子の汗の匂いを感じることがある。

 誰でもときどき、普段は気にしていない自分の体臭に気づくことがあるらしい。
 あたりまえだけど、そんなときも腹立たしいことに……その匂いはわたしとまったく同じだ。 

 しかしその日はなにか様子がおかしかった。

 ベッドの天板がときどき、ギシ……ギシ……と定期的に軋む。

 寝返りを打っているのではない。
 明らかに咲子は眠っていなかった。
 と、いうのも、咲子は眠るといつもいびきをかくからだ。

 ギシ……またベッドが軋む。

 わたしはいつもとは違う気配を感じて、耳を立てた。

 なぜかあたしの胸が、急にどきどきしてきた。
 何の前触れもなしに。

「……んっ……」

 微かな声だった。
 咲子がその声を、押し殺そうとしている。

 その時だった。

 わたしのお腹……正直に言うとお臍の下、と脚の付け根の間……が、ぽっと火でも灯ったかのように、温かくなったのは。

「…………?」

 わたしはとても戸惑った……理由もなくそんなふうになったことがなかったからだ。

 それまでテレビドラマや映画なんかのエッチなシーンを見たりすると……お腹の下がなんだかこんな風に温かくなり、同時におしっこに行きたくなるようなことはしばしばあった。

 今回のは、それに似ているけれどもそれとは少し違う。
 やがてそれは、虫歯の痛みのようにずきん、ずきんと身体に響いてきた。

「…………あっ」

 また咲子の微かな声。
 加えて、またベッドの天板が、ギシ……と軋む。

 わたしはじっとりと汗をかきはじめた。

 この寝苦しい部屋の空気から汗ばんではいたけど……それが一気に乾いて冷め、新たな汗が脇の下太股の間などからじわじわと染みだしてきた。

 おかしい。
 なんかヘンだ。

 わたしは思わず、脚を摺り合わせた。
 太股の間はだんだん熱くなり、むず痒いような感覚が全身に伝わっていく。

「……んっ……」

 ベッドの軋みとともに、さっきより少し大きな声で咲子が唸った。
 
 何をしているのだろう?

 わたしはなんだか、腹が立ってきた……自分がこんな風になるのは、咲子のせいだと思った。

 そう思ううちに、わたしは何度も何度も脚を組み替え、太股を摺り合わせていた。

 ますます胸がどきどきする……息のペースもそれに合わせて、だんだん上がっていく。
 わたしはいつの間にかそっと自分の手を……脚の間に伸ばしていた。

 そして、熱くなっているところを、パジャマのズボンの上から押さえる。

「……んっ……」

 今度はあたしが声を出す番だった。
 
 なんだろう、この感覚は。

 これまでよりもずっと“確か”で、そしてちゃんとした理由はわからないけれども……いかがわしくて、けがらわしい感覚だった。

 もっと触ってみたいような……もっとそこを強く押してみたいけど……なんだか心の奥底から、誰かが“それはいけない事だよ”と囁いているような。

 ギシ……またベッドが軋む音。

「……あんっ……」

 また、咲子の声。
 そして布擦れの音。

 ……咲子が何か、いけないこと、人には知られたくないようなことをしているのが、はっきりとわかった。

 それがまるで電波にでも乗せられたかのように、空気を通してわたしの身体に伝わってくる。


 ところで、それまでにこれと似たようなことが、まるでなかったわけではない。

 咲子がお母さんに叱られて泣いているとき、意味もなく悲しくなることがあった。
 わたしは決してそれを顔には出さないけれど。
 
 テレビのお笑い番組を一緒に観ているときは、同じところで笑った。
 その度にわたしはいつも、“しまった”と思う。

 食べ物の好き嫌いはほぼ同じだった。
 わたしも咲子も、玉葱がキライで、玉子焼きが好きだ。

 わたしはそんなところさえ咲子に似ている自分を自覚するのがイヤで、無理にでも玉葱を好きになり、玉子焼きを嫌いになろうと努めたけど……やはり好き嫌いを変えることは難題だった。

 未だにそれは変わっていない。

 そして今、咲子は何かいやらしいことをしている……

 そのせいで、わたしの中にもその何かいやらしいものが目覚めて、わたしにいけないことをさせようとしていた。

「……んんっ」

 咲子が息をのむ声がした。
 それを聞いてわたしの全身に鳥肌が立つ。

 やだ……と、わたしは思った。
 また咲子の、巻き添えを食らうのだろうか。

 咲子がなにかお母さんに怒られるようなことをすると、わたしも同じような失敗をしてしまうことがよくあった。

 咲子がお茶碗を割ると、あくる日には私も湯飲みを割る。

 咲子が算数のテストで赤点を取ると、わたしは理科のテストで赤点をとる……

 そんなとき、わたしはいつも咲子を呪った。

 ぜんぶ、自分のせいだということはわかりきっているのに……なぜか、咲子のせいだと思ってしまう。
 
 そして今、咲子はわたしの上空六〇センチくらいのところで、何かいやらしいことをしている。

 わたしは自分に言い聞かせた。
 ……だめ、だめだ。
 咲子に巻き込まれちゃだめだ。
 
 でもあたしの手はいつの間にか、パジャマのズボンの中に忍び込んでいた。

「ひっ……」
 
 びっくりした。

 脚の付け根の奥……おしっこが出るあたりの少し下が、熱く湿っているのを下着越しに感じる。

 えっ、何? ……あたしはおそるおそる、下着の上からその部分を強く押した。

「……はっ」

 少し大きな声が出て、慌てて自分の口をズボンに入れていない手で覆った。

 咲子に聞かれただろうか?
 いや、大丈夫だ。
 咲子はまたギシ……と天板を軋ませて、なにやらくぐもった声を出している。

 夢中になっているんだろう……この感覚に。
 わが妹ながら、なんていやらしいやつなんだろう。

 そう思いながらも、わたしは下着の上で、指を行ったり来たりさせた。
 その熱くなっている部分をなぞるように。

「…………ん、……んっ…………」

 少し怖いくらいだった。
 こんなはげしい、いかがわしい感覚があるだろうか。

 わたしはぐっしょり汗をかいていた……指が触れる部分も、さらに、熱く湿っている。

 汗……? 
 いや違う。全然違う。
 おしっこでもない。

 それくらいは幼いながらも判った。

 これは、わたしがいやらしい気分になっていることの証しだ。
 つまり、度を超していやらしい気分になると……ここがこんな風になるのわけだ。

 けがらわしいけれど……わたしにだって好奇心はある。
 わたしは心の中の何かを振り切って、下着の中にまで指を進めた。

「はっ…………あっ…………んっ」

 声を出したのは、上の咲子だ。
 少し声が大きくなっている。

 わたしは意地でも声なんか出さないぞ、と思ってタオルケットの裾を噛んだ。

 違う……違うんだ。
 わたしは咲子とは違うんだ……
 でも、おなじことをしてるじゃん?
 ……だって……気持ちいいし……

 そしておそるおそる……下着のなかへさらに指を進めて、その部分に直接触れてみる。

「ひっ」

 さすがに、これには大きめの声が出た。
 その滑りを指先で感じたことと、その接触がもたらす激しい感覚を知ったせいだ。

 指をすこし大胆に動かしてみる。
 その、いちばん感覚がするどくなっている部分を、捏ね回すみたいに。

“……やっ…………うっ…………なに…………? …………なにこれ?”

 痛かった。
 というか、痛いくらいに、激しい感覚だった。
 
 腰がいつの間にか、敷き布団から浮いていた。
 あたしは頭とつま先を使って、軽くブリッジしていた。

 馬鹿じゃないわたし? ……と思った。
 妹につられて、こんないやらしいことをして、こんなへんな格好をして。

 わたしは恥ずかしくてしょうがなかった……でも恥ずかしくなればなるほど、初めは痛さとしてしか感じられなかったその感覚が、なにかこう……“まるみ”を帯びてきて……最後には遂に、それをはっきり“気持ちいい”と感じることができた。

「…………んんんんっ……」

 咲子の声、そしてベッドが軋む音。
 
 わたしは必死になってタオルケットを噛んで、声を殺した。
 今、咲子がわたしと同じことをしていることは明らかだった。

 そしてそれにわたし自身が呼応して、こんなことをして気持ちよくなっていることも明らかだった。

 
 でも、わたしは咲子とは違う。

 
 あんなに、馬鹿で、のろまで、ぐずで、要領が悪くて、空気のよめない鈍い妹とは違う。 
 
 わたしは必死でそう思おうとした。
 でもそれに反比例して、その感覚はだんだん強くなり、それをさらに掘り起こそうとするわたしの指の動きは、ますます激しくなる。

 わたしは目を固く閉じた。
 パンツはおしっこをもらしたみたいに濡れてしまうかもしれない。

 咲子は、何を思ってこんなことをしているんだろう?
 ……わたしは思った。

 ……まさか、同じクラスのキモザワのことだろうか?

 キモザワというのはあだ名で、本名は君沢という。
 咲子と同じクラスの男子だ(わたしと咲子は見分けがつかないくらいよく似ているので、同じクラスに入ることはめったにない)。

 気持ち悪いやつだから、キモザワという。
 小学生らしい、実にわかりやすいあだ名だ。

 でぶで、丸坊主の頭にはハゲがあり、いつも口を開けているので涎を垂らしている。

 女子はもちろんのこと、男子でも彼のことを好きな者は居なかっただろう……我が妹の、咲子を除いては。

 一月ほど前、咲子がわたしに打ち明けたのだ。

 キモザワ君のことがとても好きだ、と。

 “あんた、頭おかしいの?”

 そう答えたのをはっきり覚えている。
 理由はさっぱり判らない……この頃から、咲子が好きになる男の基準はさっぱりわからない。
 
 わたしはできるだけ、キモザワの姿、顔を頭の中から追い出そうと努めた……

 いやだ……いくらなんでも……咲子と同じ相手を思い浮かべてこんないやらしいことをしているなんて……

 しかも、あのキモザワだよ?
 ……そんなの、ありえないよ?
 
 しかし、わたしが意思でそれを振り払おうとすればするほど、わたしの頭の中には鮮明にあのキモザワの締まりのない、腐った肉まんのような顔が浮かび上がってくる。

 では、指の動きを止めればいいのだけど、もうそれは不可能だった。
 
「…………あっ」

 わたしと咲子が、ほぼ同時に声を出す。

 そこをいじりまくった指は、白くふやけてしまったのを覚えている。
 その日は結局、いくことはなかった。

 はじめていくことができたのは、中一のときだった。

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