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インベーダー・フロム・過去 【8/11】

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 何も解決していないし、公一は帰ってこない。
 連絡もとれない。

 それでも朝はやってきた。
 
 通勤電車やはり満員で、当たり前のように彼=“侵略者”=“シマハラ”は現れた。

「おはよう」

 耳元で囁かれる。

「……」

 わたしは驚きもしなかった。
 振り返って彼の顔を見ようともしなかった。

「……どうしたの? 冷たいじゃん」“侵略者”がまた囁く。「……おとといの晩は、凄かったね」

「……」

 無視を続ける。
 ほんとうにわたしの心の中は、地下湖の水面みたいに静まり返っている。

「……なんで無視すんの?」男が不満げに言う「おとといは伊佐美ちゃん……あんなに乱れて、やらしいことさせてくれたのに」

 “侵略者”の手が綿のスカート越しに、軽くわたしのお尻をなでた。
 まるで夢の中の出来事のようで……わたしはその感覚をリアルに感じることができなかった。

「……覚えてないし」

 わたしはボソッとつぶやく。

「……覚えてない?」“侵略者”の手がピタっと止まる。「……ほんとに? ぜんぜん?」

「……うん」

「…………」

 “侵略者”は手を動かさずに、しばらくじっとしていた。
 わたしは大人しくしたまま。

「……ねえ」あたしは振り返らずに言った「あんた……シマハラくんなの?」

「…………」

 男は動かない。
 返事もしない。

「……答えて。あんた、シマハラくんなの?」

「………ほんとに、ぜんぜん覚えてないの?」“侵略者”=“シマハラ”は……明らかに狼狽している。「おれのことも? ……おとといの晩のことも?」

「……ぜんぜん」わたしは言った「ねえ、そんなことよりあんた、ほんとにシマハラ君なの?」

「…………」“シマハラ”は明らかに狼狽している。彼の動揺の匂いを嗅いで、わたしは少し気分が良くなった「……ほんとに覚えてないんだ……」

「……あんたこそ、覚えてる? 二人で白浜に行ったの。バイクのうしろに乗っけてくれたよね?」

 まるで台詞を棒読みするように、現実感を失ったわたしの唇が勝手に喋っていた。

「ほら、あのボート小屋。覚えてる? ねえ、二人で一緒に入ったよね?」
 
 わたしは後に手を伸ばして……“シマハラ”のズボンの上から股間を握った

「……ち、ちょっと……」“シマハラ”が腰を引いた。わたしは逃がさなかった。「おい、ちょっと……い、伊佐美ちゃん?」

「……ごめんね、わたし、あんたの事忘れてたよ。すっかり。あんなに気持ちよくしてくれたのに、ほかの男たちみたいにすっかり忘れちゃってた」
 

 わたしは後ろ手でゆっくり“シマハラ”のズボン前を上下に撫でた。
 “シマハラ”は狼狽えながらも、だんだんズボンの前を熱く、固くしている。

 滑稽だった。
 滑稽で、いい気味だった。

「……待てよ……あっ」

 ファスナーを下げてやった。
 すかさず指を入れると、下着を持ち上げる熱い肉の感触を感じる。

「……待てって……ち、ちょっと……」

「……触ってよ。いつもみたいに」わたしは左手で“シマハラ”の手首を掴み、自分のスカートの前に擦り付けた「……ほら、触ってよ。触って、思いださせてよ」

「…………」

 おずおず、“シマハラ”の手が動き始める。
 “シマハラ”はそろそろとわたしのスカートの前を捲っていく。
 
 わたしは“シマハラ”のズボンのファスナーの中に入れた指を複雑に動かした。

 “シマハラ”の腰がびくん、と跳ねる。
 その反応にわたしがくすっ……と嗤ったのが合図だった。

 “シマハラ”はヤケクソになったのか、スカートの前から乱暴に手を入れてきた。
 “シマハラ”の指が、直接触れる。

「んっ……!」

 こんどはわたしがびくん、と跳ねた。

「ああっ?」“シマハラ”の指がまた大きく戸惑う。「……あ……あの、こ、これ……」

「……うん」わたしは自分でゆっくり腰を動かし始めた。「パンツ、履いてないんだ、きょう……びっくりした?」

「……ひっ」

 わたしは“シマハラ”の下着のがま口を探り当て、指を滑り込ませた。
 そして直接、ぬめる先端に触ってやる。

 さらに自分の手の上にお尻を押しつけて、ゆっくりと腰を回す。

「……ほら、濡れてるでしょ」わたしは言った「あんたも……濡れてるけど?」

 わたしは指先に“シマハラ”の先走りの液を絡めた。
 “シマハラ”のアレは、ますます固く、熱くなった。

 スカートの中に入った“シマハラ”の手を太股で強く締め付ける。
 逃げ場を失った指が藻掻いた。
 死んでも離さない勢いで、わたしはさらに手を挟み込む。

「ど、ど、……どうしたんだよ」“シマハラ”が悲鳴に近い声を出す「どうしたんだよ……今日は?」

「……べつに。いつもと同じだよ」わたしは言った「あんたも言ったでしょ。わたし、いやらしいの」

「………」

 わたしの脚の間で大人しくしていた“シマハラ”の指が……観念したように動き始めた。
 いつもの、あの…的確な動きで。

「……んんっ……」

 思わず逃げそうになった自分の腰をしっかり据えて、わたしの方も指をできる限りて……いやらしく動かした。

「……あっ……はあっ…」

 “シマハラ”が吐息を吐き……いつもみたいにわたしの耳たぶを噛む。

「……んんっ……」

 全身に、びりびりっと電流が走った。
 わたしはおびただしく濡れて……“シマハラ”の手をべとべとにした。

 スカートの中はむせかえっている。
 滑らかに、せわしなく、“シマハラ”の指先がクリトリスをこねる。

 わたしは痛いくらいにしっかりと唇を噛んで、出そうになる声を堪えた。

 できるだけシマハラの指の動きに合わせるように……わたしも“シマハラ”の亀頭を弄ぶ。

 わたしは、あっという間にいきそうになった。
 だけど“シマハラ”だって……もうそれほど持ちそうにない。

 気持ちよかった。
 いつもよりずっと。

「………あっ!」

 思わず、声を出してしまった。
 “シマハラ”の人差し指が、ぬるり、と奥まで入ってきたので。

 さらにもう一本、指が入ってくる。

 意識せずともわたしの肉が、勝手に2本の指を締め上げた。

 “シマハラ”はそのまま乱暴に、指を抜き差しはじめた。
 
「……ほ、ほら……ほら……こ……これ……これが好きなんだよね、伊佐美ちゃん。これが、欲しかったんだよね……いやらしいね、伊佐美ちゃん……ほ、ほんとうに……い、いやらしいね……」

「……シマハラくんだって……」わたしは“シマハラ”の亀頭をつねった「ほら……」

「おうっ……!」

 すかさずわたしはズボンの中で“シマハラ”のペニスを乱暴に扱き上げた。
 
「……は……あ、……んっ!」

 
 “シマハラ”も激しく指を出し入れする。
  
 どれだけお互いの反射的な反応を貪りあっただろうか。
 そう長い時間は掛からなかった。
  
「あっ……うっ……」“シマハラ”のズボンの前が高くなった。どうやらつま先で立っているらしい。「……ああっ…………おっ…………うっ!!」
  
 わたしがいく寸前のところで、“シマハラ”は敢えなくしたたかに射精した。

 パンツの中でいかせてやったので、たぶんわたしの服にはかかってないはずだ。
 わたしの脚の間の指の動きは、すっかりお留守になる。

 それでもわたしは許さない。

 まだびくんびくんと律動している“シマハラ”の肉棒が勢いを失う隙も与えずに、さらにそれを扱き上げてやった。
 あわせて、亀頭の部分をくるん、くるんと捏ね上げるようにして。

 シマハラのパンツの中は精液でべちょべちょになっていたので、わたしが肉棒をしごく淫らな音は、周りに聞こえそうだ。

「……ああっ……っち、ょっと……ち、ちょっと……も、もう勘弁……あっ……うあっ!!」

 “シマハラ”は続けざまに射精する。

 一滴残らず搾り取ってやるつもりだった。
 
 わたしは指を休めなかった。
  
 と、電車が駅に着いた。
 わたしと“シマハラ”を含む乗客の濁流が電車の外に流れ出す。
 
  “シマハラ”はチャックを開けてズボン前を濡らせたまま、わたしから逃げようとした。
 わたしはその手をしっかりと掴んで離さなかった。
 
 階段の手前で、“シマハラ”の脚を停めた。
 わたしと“シマハラ”を除くほかの人々は勢い良く階段を降りていく。
 “シマハラ”はもう逃げるのを諦めていた。
  
 わたしは“シマハラ”の顔を見た。
 そして、愕然とする。
  
 濃い眉にはっきりした二重。
 鼻は大きくて唇は分厚い。

 男性的な男前だった。
 
 でもその顔は、昨日みた夢の続きで見た“シマハラ”の顔とは、まったく違っていた。
 しかもその男は思っていたよりもとても若くて…………ついさっき二十歳になったところ、という感じだった。
  
「…………シマハラくん?」わたしはぽかんと口を開けて言った「……違う……よね?」

「…………は、離してくれ!」

 “シマハラ”は……いや、“シマハラ”ではないその男は、わたしの手を振り払うと、ものすごい勢いで駆けだした。

 わたしはあまりに呆然としていたので、その跡を追うことができなかった。
  
 わたしの頭は、ひどく混乱していた。

 ……てっことは、誰なんだ、あれは。
  
 気が付くと……ホームの少し離れたところに見覚えのある顔が立っているのに気付いた。
 おととい、わたしがさっきの男に痴漢されているのに“便乗”して、わたしのあそこに指を突っ込んだおたく風の学生だった。

 たぶん、さっきの電車の中で一連の出来事を見ていたのだろう。
 今回もなにか、おこぼれに授かれると思っていたのかもしれない。

 ビビッたのか、呆然と立ちつくしている。
 
 わたしは彼と目を合わすと、……まったく無意味に……力無く笑いかけた。
 
 おたく風学生は回れ右をして、脱兎のごとく逃げ出した。

「ふつう、何年も会ってない学生時代の友達からいきなり会おうって電話掛かってきた場合……新興宗教かマルチ商法の勧誘だよな」

 7年振りに電話をしたわたしに、島原君はそう言った。
 
 公一はまだ帰ってこない。
 週末、わたしは繁華街の喫茶店で島原君と向かい合って座っていた。

 母校である大学の学生課で島原君の所在を調べて、ためらいながらもダメ元で彼に連絡してみた。
 
 島原君は初め警戒していたが……週末に会うことを承諾してくれた。
 よほどヒマだったのだろう。
 
 しかし待ち合わせ場所の喫茶店に現れた彼を見て……わたしは驚き、そしてがっかりした。
 
「……ごめんね、急に呼び出して」

 わたしは自分の口調から落胆を隠し切れていなかった。

「ま、いいけど。別に。ヒマだからね」

 嘘偽りない彼の近況だろう。
 そう言って島原君は煙草に火を点け、煙をふわっと吹き上げた。
 わたしも動揺する心を鎮めるために、自分の煙草に火を点けた。

 マルボロ・ライト……きのうからは特に、ひっきりなしに吸っている。
 島原君が吐いた煙と、わたしの吐いた煙がテーブルの上で絡み合う。

 ……それにしても……。
 
 紫煙の向こうの顔は、わたしの夢に出てくる“シマハラ”とは、まるで違っていた。

 確かに中年を間近に控えた年齢にはなっているけれども……あまりにも違いすぎる。

 夢の中の“シマハラ”はこんな丸顔でもないし、えくぼもない。
 夢の中の“シマハラ”と比べても眉が薄すぎるし、奥二重だ。

 夢の中の“シマハラ”は細面で、切れ長の一重瞼。

 鼻もまったく違っている。
 夢の中の“シマハラ”よりも現実の島原君は、もっと小さな鼻をしていた。
 
「……で、話って何?」島原君は半笑いでわたしの顔を見た。「宗教? マルチ?」

「……島原君、わたしあなたと、学生時代……白浜に行ったよね?」

「え?」島原君はぽかんと口を開けた「……だっけ?」

「島原君……バイクに乗ってたよね」わたしは言った「確か、ホンダの、おっきなバイク」

「……ああ」島原君は遠い目をした「だいぶ前に売っちゃったけどね。結婚資金の足しに」

「結婚? ……結婚したの? 島原君?」

「……いや」島原君はほんとうに苦虫を噛んでいるような顔で言った「結局うまくいかなかったけど」

「……まあ、それはいいとして島原君、わたしをバイクに乗せて、白浜へ連れてってくれたよね?」

「……うん……そうか、そうだ。そうだった」

 島原君の目が泳ぎ、ぴたっと何かに定まった。どうやら思い出したらしい。

「……白浜でしたこと、覚えてる?」わたしは目線を落として言った「あの、その、ふたりでしたこと……」

「………」島原君はうつむいて、コーヒーを啜る「何でいまさら……そんなこと?」

 わたしは鞄から例の写真を取りだすと……
 周囲に人目がないことを確かめて、こっそり島原君に手渡した。

 彼は何とはなしに写真に目をやったが、写真に写っているものを見て、目を見開く。
 そう、写真には二十歳の頃のわたしが、上半身裸で腕で胸を隠して写っている。

「……こ、これって」

 島原君は言った。

「……それ撮ったの、島原君だよね?」わたしは小声で言った「……だよね? ……そうだよ。島原君、確か、カメラ好きだったよね」

「え?」

 さも意外そうに、島原君は目を丸くした

「……いつも肌身離さず、カメラ持ち歩いてたじゃん。ほら、あの古いポラロイドカメラ。それでわたしの写真、撮ったんじゃん」

「……あの……えーっと……それ、違うよ」島原君は言った「それ、たぶん、おれじゃない

「……え?」

「それは、田崎だよ。ほら、あの時一緒に白浜に行った。おれはカメラなんてスマホのカメラしか触ったことないよ」
 

 …………えええええ??
 

「ホラ、あのとき白浜へは、確か6人で行ったんだ……ええと、男は……おれと田崎と藤原と……あと誰だっけ……ああ、木梨。それで女は、きみと……あと……あと、誰だっけ。あの、あの……おっぱいの大きな子。ああ、ここまで名前が出てきてるんだけど、出てこないや。ああ……ええっと……ミホちゃん、そうそう、ミホちゃんだ。」
 

 誰の名も、まったく思い出せない。 
 わたしは目眩を感じた。
 つまり、こういうことだ。

 わたしの記憶はこんがらがっている。
 
「あの……じゃあ、この写真を撮ったのは、田崎くん?」

「……確か、そう……そうだと思う。あいつポラロイド持ってたし」

「……あの、つまりわたしと、島原くんは……その……ボート小屋で……そ、その……アレして、写真撮ったのは…………田崎くんってこと? ……つまり……その……」

「………うん」島原君は居心地悪そうに身じろぎした。「……つまり……」

「……あたしは、田崎君とも、その……」

「……田崎とも、藤原とも、木梨ともしたよ……つまりその……一度にじゃないけど……順番で
 

 目の前が暗くなった。
 喫茶店のソファに座りながら、墜落する飛行機に乗っているような気分になった。

 
「……そんな……」

 わたしは言葉もなく、黙り込んだ。
 気が付くと、ぼろぼろと涙をこぼして泣いていた。

「そ、そんな……む、昔のことじゃないか」

 テーブルの上で震えるわたしの手の上に、島原君が触れた。
 顔を上げる……気の毒そうにわたしを見る、27歳の島原君の締まりのない顔があった。
 

 それから1時間くらい後……

 わたしと島原君は、その喫茶店から一番近いところにあるラブホテルの一室に居た。
 エレベータの中でさえ、堪えきれずに激しくキスをした。

 二人でもつれるように、部屋になだれ込む。
 島原君はもの凄い勢いでわたしの服をむしり……わたしはたちまち、全裸にされた。

 島原君はもの凄く興奮していた……怖いくらいに。
 わたしは放り投げられるように、広いベッドの上に投げ出され、プレゼントみたいに開かれた。 

「……できるだけ、思い出して……ヤって……」わたしはベッドから降りて、壁に手をつき、お尻を突き出した「できるだけ、記憶のとおりに…………おんなじように……して」

「……よ、よし」
 

 島原君は、前戯もほどほどに、突っ込んできた。
 乱暴に突き立て、おっぱいを毟るように揉みあげてくる。

 痛かったけど、わたしも相当に亢奮していたので……それほど苦にはならなかった。
 
 島原君が“夢の中の男”とは、まったくの別人ではないことをそこから知った。

 島原君は確かに“夢の中の男”ほどねっとりと、じらすようにわたしを亢ぶらせたりしないけど……執拗にわたしの耳を舐める癖があった。

 そして時折、耳たぶを甘噛みする。
 
 その感触だけは確かに……夢のまんまであり、電車の中に現れるニセ“シマハラ”の舐めかたと似ていた。
 

 つまり、こういうことだ。

判ったことその1……“侵略者”=“シマハラ”ではない。
判ったことその2……“シマハラ”=島原君ではない。
判ったことその3……“夢の中の男”=島原君でもないし、“侵略者”でもない。
判ったことその4……夢の中に出てくる男の一部は……島原君自身である。

 それからも、公一はずっと帰って来なかった。
 ……そして、わたしの“巡礼”がはじまった。


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