妹 の 恋 人 【15/30】
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そろそろ、咲子を待たせて、焦らして、いじめるのにも飽きてきた。
さすがに咲子も充分、自分の浅はかさが身に染みたことだろう。
わたしはバッグの中のスマホを探した。
あ……あれ?
スマホがない。
おかしいな……いつもカバンの内ポケットに入れてるのに……。
まさか、あの……ひょっとして、さっき佐々木と会ったあの喫茶店に置き忘れてきたのだろうか。
あまりの不快感に、わたしは椅子を蹴るようにしてあの喫茶店を後にしたんだった。
そのせいで、うっかりスマホを置き忘れてきたんじゃないだろうか……
まったく、なんて日だ!
今日はつくづくついてない。
わたしは爪を噛んだ……あの喫茶店に、戻らなければならない。
いくらなんでも、佐々木はもう居ないだろう。
喫茶店の店員さんが、スマホを預かってくれていればいいのだけど……
最悪、わたしのスマホを佐々木が持っていたら……いやいやいやいやいや、その可能性の方が高い。
心に暗雲が立ちこめてきた。
どうすべきか? ……さまざまな考えが浮かんできて、あっという間にわたしの頭を一杯にした。
そして気がつくと……なぜか思考があらぬ方向へ飛んでいき……江田島の思い出に(不本意ながら)着地する。
「い、いやあっ! …………や、やめてってたらっ! やめてっ! ……だ、ダメだよ……そ、そんな、ダメだってっ……んんんんっ!!」
わたしはそう言いながら、振動するちゃちな玩具に自ら腰を押しつけて振りたくっていた。
江田島はあれ以来……ずっとヒマをみつけてはうちに上がり込んできた。
安物のシュークリームのお土産を手に。
わたしは……その度に江田島の言いなりにならざるを得なかった。
わたしたち姉妹の恥ずべき過去という弱みを握っていた江田島は、それをいいことに……わたしを好きなように弄んだ。
……と、言いたいところだけど、ここだけの話、それは真実ではない。
追い返そうと思えば、いつでも追い返すことができたはずだ。
確かに江田島はわたしたち姉妹の秘密を握ってはいるけれども……
それを近所中に言いふらすような度胸が奴にはないことくらい、わたしにもわかっていた。
だいたい、隣の家に住む高校生の女の子にこんなみだらなことをしているのが近所中に知られて、困るのは江田島のほうじゃないか。
でもなぜか……わたしは江田島を拒めなかった。
具体的な理由は思い浮かばない。
もし、あの頃のわたしに今のわたしが会えるのであれば、自分で自分をぶん殴ってやりたい。
本当にバカだった……と、自分でも思う。
「あっ……うっ……く、やめ…………やめ、て……やめて、ってばっ! ……んっ……だめっ……」
「ほ…ほらほら貴子ちゃん、腰が上がってきてるよおおお……」
江田島が囁く。
「やっ……だっ! ………ん…………んんっ!」
江田島にいかがわしい大人のおもちゃを使われて、甘い声を上げている自分が情けなかった。
わたしはジーンズを膝まで降ろされた格好で、ベッドに上半身を沈めている。
そしてここは自分の部屋ではない……咲子の部屋だ。
ベッドカバーからは、咲子の匂いがする……たぶん、わたしと同じ匂いだが……なぜかそのときはその匂いを強く感じた。
咲子の部屋でこんなことをしようと言いだしたのは、もちろん江田島だった。
当然だけど、わたしは拒否した。
しかし、強引に背中を押され……咲子の部屋に押し込まれた。
それにしても、咲子は整理整頓が出来ない子だ。
部屋の床はいつも本や脱ぎ散らかした洋服で散らかっている。
ベッドカバーもくしゃくしゃ。
しかし咲子の生活空間で……隣の無職・自称作家のごくつぶしに、こんなことをされていると思うと……
わたしはものすごく興奮してしまった。
やっぱり……わたしはおかしいのだろうか?
「あ、あ、ああ…………んんんっ!」
わたしはすでに、泣き声に近い声を上げていた。
江田島が鼻歌を歌っているのが聞こえた………“サッちゃん”の歌だった。
「ほ、ほらっ……ど、どうしてほしい? ……言いなよ」
「そ、そんなっ……ちょ、調子にっ……の、乗んなっ! ……んあっ!」
さらに烈しく、振動するカプセルを押しつけられる。
「ほ……ほら、言いなって」
「やっ……だっ……!」
わたしは全身を小刻みに震わせながら言った。
注意深く喋らないと、そのまま声が情けない喘ぎ声になってしまいそうだった。
「こ…………ここじゃ……せ、せめてっ……さ、咲子の部屋じゃっ……い、いやっ…………」
「じ……自分の部屋ならいいの? ……でも今日はダメだよ。ここでするんだ……」
江田島がカプセルを一瞬離し……わたしの中に、それをぐにゅっと挿入した。
「ひっ! やあっ…………!」
思わず、のけぞった。
「い……挿れて、ほしいだろ?」江田島が耳元で囁く「な、な、な?」
「…………あ……くっ…………」薄目を開けて江田島の横顔を見る……目が血走っている。「お、おね……がい、これっ…………あっ……んっ……これ、抜いてっ……」
「そ、そ、その代わりに、挿れて欲しいんだろ?」
わたしは、首を縦に振っていた。
われながら浅ましい淫乱な一七歳だ、と思った。
「よ、よ、よ、ようし……よおおおおおし……」
江田島がコードを引っ張って……わたしの中からおもちゃを、タンポンみたいにスポン、と抜き出した。
「は、はあっ……」
緊張していた全身が弛緩し、わたしはベッドに……咲子のベッドに突っ伏した。
「ち、ちょっと待っててね」江田島がコンドームを装着している気配がした。その頃にはずいぶん、装着するのが早くなっていたと思う。「……こ、これでよし、と」
江田島は左手でわたしの左肩を掴み、右手でお尻を突き上げさせた。
わたしは固く目を閉じて……それに従った。
あとは挿入を待つばかりだ……って、何を言ってるんだ、わたしは。
「は、はやく欲しい?」
わたしを焦らすつもりか、江田島が言う。
「う……ウザいからやめろよ…………す、するならとっとと…………あんっ!」
一気に入ってきた。
その頃にはずいぶん、わたしのそこも、柔らかく、素直になっていた。
「ほ、ほうら、生意気な貴子ちゃんにはおしおきだ…………ほれ……ほれ」江田島がゆっくりと動き始めた「……ほれ、何だって? ウザい?……俺がウザいってか?」
「あっ……うっ……くっ……くうっ……む、ムカつくっ…………んんんっ!」
江田島がゆっくり動くので……
いつしかわたしも自分で腰を動かしていた。
「……ほら、気持ちいいだろ? ん? ……どう?」
「……んっ……くっ……」
江田島が背中に乗っかってくる。
わたしは押しつぶされそうになりながら、その体重と体臭を感じ、さらに烈しく貶められている気がして……ますます興奮した。
「ほ……ほら、貴子ちゃんのこと…………小説に書いちゃおうかな? ……おれの小説に……なあ……もしおれの小説が賞を取って、貴子ちゃんの秘密が……インランな貴子ちゃんありのままを書いた本が、全国の書店で売られちゃったらどうする? ……ベストセラーになっちゃったらどうする?」
「くっ……くうっ! ……ば、バカじゃないのっ? ……そ、そんなっ……」わたしは最後の力を振り絞って、言った。「そ、そんなわけ、ない…………でしょっ? ……あ、アンタの小説なんか……くっ……賞とれるわけ、ないじゃん……さ、才能あるって、マ、マジで思ってんの? ……し、真剣にっ…………バ、バカなんじゃないっ……?」
「ち、ちくしょう! 言ったなっ!」江田島は少し本気で怒ったようだ。まあ、わたしもそうさせようと思ったのだけど。「こ、この淫乱少女めっ!……こ、こらしめてやるっ!」
「あああっ!…………い、やっ…………んっ…………くっ……はああっ…………」
江田島が、本気を出して腰を動かしはじめた。
その頃にはわたしはもう、すっかりふつうに感じるようになっていた。
セックスに関して、主体的な悦びを学びとっていた……
その相手は、この薄汚れた、見込みのない、自称作家志望の(そして、自分の見込みなさを自覚すらしていない)、隣の家の引きこもり寄生虫なのだけど。
相手はどうでもよかった。
その一瞬の、ほんの数秒ほどの快感の前には。
「あ…………お…………う……ううっ……」
江田島が何ともグロテスクな声を出し始める。
今にして思うと、江田島は早かった。
そのころは、そんなもんだと思っていたのだけど。
「……くっ…………あああっ……んんっ……」
わたしは意識的に江田島を締め付けた。
あっと言う間だった。
「ああっ……いいよ……イく……すごい、すごいよ……イくぞ、咲子ちゃん!」
「……えっ?」
江田島は果てて…………わたしの背中の上にぐったりと全体重を掛けて弛緩した。
「…………」わたしはその名前を聞き逃さなかった。「ね、ねえ…………ねえったら……」
「な、な、何……?」
江田島がぜいぜい言いながら答える。
「……さ、さっき、わたしのこと…………“咲子”って呼ばなかった?」
「……あ」江田島は一回咳き込んでから言った。「いけね……間違えた……」
うちから江田島を蹴り出すように叩き出し、咲子が帰ってくるのを待った。
「ただいまあ……」
咲子が帰ってくる。
咲子の部屋で待ち構えていたわたしに、咲子は息を飲んだ……
というのも、わたしがものすごい形相だったからだろう。
咲子の顔が青ざめていくのを見た……わたしにそっくりなその顔が。
「お、お姉ちゃん? ………あっ!」
わたしは咲子に駆け寄って、そのほっぺたを思い切り張った。
左の頬を打ったら、右の頬も打った。
咲子は両手で自分の頭を庇ったが、気にせずガードの上から咲子を打ち据えた。
自分の手のほうが痛かった
「お、お姉ちゃん! ごめんなさいっ! …………ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
咲子が泣き叫ぶ。
たぶん、なんで自分が殴られているのかさえ判っていなかっただろう。
わたしだって…………何で咲子を殴っているのか、自分でもはっきり判らない。
江田島に対する咲子への嫉妬?
ないないないないないないない……まさか、そんなはずはない。
それだけは断言できる。
誓ってもいいけど、わたしは江田島を愛してなんかいなかった。
だから、江田島と関係を持っていた咲子に嫉妬心など抱く筈がない。
しかし、その時、わたしは咲子が憎くて憎くて仕方がなかった。
殺してやろうかとさえ思った。
あんなに烈しい怒りを感じたのは生まれて初めてだった。
わたしは、一瞬だけ泣きそうになった。
しかし、泣けなかった。
咲子へ向けられた怒りは、たぶん何かに対する激しい怒りがやり場をなくして、彼女に向かって放出されただけのことなんだろう。
その意味で……咲子はいいとばっちりを受けたとも言えるけど……今日に至るまで、わたしはこのことに関して、咲子に対して申し訳なく思う気分になれない。
結局、帰宅してきた母に引き剥がされるまで、わたしは咲子を殴り続けた。
咲子はケガをしなかったが、わたしの右手の小指の骨には、ヒビが入った。
しばらくして…………わたしたち姉妹にとって、信じられないことが起こった。
高校三年になる年のはじめ…………
なんと、江田島が書いた小説がある新人文学賞を受賞した。
タイトルは『双子どんぶり』。
繊細な神経ゆえに社会と関わりを持つことができない無職の引きこもり青年と、その青年の隣の家に住む、高校生の双子姉妹との『濃密な性愛』を描いたものだった。
とにかく性描写が過激で過剰で濃密だったらしく(わたしは未だにその本を読んでいない。これからも読まない。死んでも読むか)、ハードカバーとして出版されたその小説は、あっという間にベストセラーになって、世間の話題をかっさらった。
当然、わたしたちの住む町の書店でも平積みになった。
江田島の隣に住んでいる双子の姉妹は、わたしと咲子しか居ない。
わたしたちは高校の最終学年を間近に控え、また別の街へ引っ越すことになった。
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