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妹 の 恋 人 【8/30】

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 内藤先生とあたしのことを、お姉ちゃんに言えるはずもなかった。

 そんなことを打ち明けでもしたら、きっとお姉ちゃんにずたずたに切り裂かれてしまうに違いない。

 お姉ちゃんはあたしに関する勘がとても鋭いので……あたしが内藤先生に対して、ふつうではない感情……小学校のときの君沢くんに対する感情よりもさらに具体的で、リアルな愛情……を抱いていることは、たぶん見透かされていたと思う。

 お姉ちゃんは何でもお見通しだ……
 あたしの感情に関わることはすべて。

 だから、先生との関係が深くなればなるほど……
 つまり、いやらしいことをされるようになればなるほど……
 その秘密の全てが何故かお姉ちゃんに筒抜けになっているように感じて仕方が無かった。

 あたしを見るお姉ちゃんの醒めた目、突き放すようなつっけんどんな物言い、氷のように冷たい態度……

 お姉ちゃんはすべてを知っているんだ。
 わたしが何をしているか、学校のさまざまな場所の物陰で、内藤先生とどんなことをしているのかを、すべて悟っているんだ……

 次第にあたしは、少しパラノイア気味になっていた。

 次第にあたしは、お姉ちゃんに秘密の全てを知られていると確信するようになった。

 そうすると不思議なもので……
 あまりにもバレることを恐れていると、自分で自分を最悪の状況に堕としたくなってしまう。

 ここまで不安と恐怖に打ち震える日々が続くのであれば、いっそのことすべてを終わりにするために、自分で爆弾を落として、何もかもを吹き飛ばしてしまいたくなる。
 
 つまりあたしは……いつだって困難に立ち向かえないタイプだった。
 自分がやらかしたことに対して、自分でけじめをつけられない。

 お姉ちゃんが怒り狂うことはわかっていた。

 それに、あたしが世間的に褒められたことではないことを、学校の先生と繰り返していることの罪悪感は、充分に感じていた。
 
 これらは、本来なら自分で終わらせなければならない問題だった。

 でも、あたしには勇気もなければ、知恵も、強い意志もない。

 お姉ちゃんにはそれがある。

 もうどうしていいかわからないし、ならば、どうなってしまっても構わない。
 あたしはすべてをお姉ちゃんに打ち明けることにした……
 死刑台に登る死刑囚の気分で。

 処女ではなくなって一か月半。

 これがこれまでの人生で、お姉ちゃんに対して秘密を保持できた、最長の期間となった。

…………あ」お姉ちゃんはぽかんと口を開けて絶句した「え…………」

「……怒らないで」あたしは言った「……お願い、しょうがなかったの」

「…………あ…………あんた……」お姉ちゃんの顔は見る見る蒼ざめていった。「な……内藤と? ……あの、あの内藤と? いったい……なに考えてんの?」

「……だから……怒らないでって言ったじゃん……」あたしははやくも泣き出していた。やはり、言うんじゃなかったと思った。「……しょうがなかったの」

「しょうがなかったって……なに? 無理矢理いやらしいことされてるの?」

「ち……違うよ」あたしは慌てて打ち消した「……無理矢理ってわけじゃ……」

「……じゃあ、なんであの内藤と? なんで? あんたまだ十六なんだよ? 高校生だよ? ふつうに彼氏とか、作れるでしょ? ……なのに、なんであんな……よりにもよってあんな……キモい奴と?」お姉ちゃんは口ごもった。何か言葉を探しているようだった。でも、見つからなかったみたいだ。「ねえ、なんであんな、キモい奴と?」

「…………」

 あたしは黙って下を向いていた。
 涙がぽろぽろこぼれた。
 鼻水もこぼれた。

 あたしはけっこう、すぐ泣く。
 それも人前で。

 おかしな話だが、人前で泣くと、泣いている途中からなんで泣いていたのかを忘れてしまうこともある。
 たぶん人前で泣いてしまうほど、可愛そうなあたしを自分で可愛そうに思っているからだろう。
 
 お姉ちゃんは、あたしが泣くのをとても嫌がる。
 泣いているあたしを見ると、ますます苛立ってくるらしい。

 “泣けばすべてが許されるとでも思ってんの?”

 ……とか、お姉ちゃんはそんなふうに考えているのだろう。

 確かにあたしは、泣けば全てが許されると思っているところがある。
 事実、泣くことで多くのことを許してもらってきた。
 そしてそのまま大人になってしまった。

 ……お姉ちゃんは違う。

 そんなふうに許してもらうのではなく、すべての問題を自分で解決してきた。
 自分の問題だけじゃなく……あたしのぶんの問題まで。

 お姉ちゃんにとって、あたしはひどくアンフェアで、ずるい奴に思えるのだろう。
 事実、そうなのかも知れない。

 そんなお姉ちゃんの前で涙を流すなんて、しかもこんな恥ずかしい話題の最中に泣くなんて……お姉ちゃんの怒りの火に油を注ぐようなものだ。

 お姉ちゃんが黙っているので、あたしはちらり、と上目づかいで様子を伺った……さっきまで蒼ざめていたお姉ちゃんの顔が……予想通り……怒りで真っ赤に染まっていた。

無理矢理、されたんじゃないの? ……間違いじゃないの?」お姉ちゃんが低い声で言う。「す、好きで……あんな男と?」

「…………」

 あたしは黙って頷いた。

なんで? なんで、あんなのとしたの? 内藤のこと、好きだったの?」

「…………」

 あたしは頷きもしなかった。
 わからなくなっていたからだ。

「あんたは、アホだよ!」お姉ちゃんが叫ぶ。「好きでもない相手と、それもあんな内藤みたいなやつとそんなことするなんて、アホだよ! アホ! アホ!

「…………」

 今度は頷いた。
 涙の新しい波がやってきた。

「……何されたの? 内藤に、あんた、何されたの……?」お姉ちゃんの声が掠れている「キスされた?」

「……うん……」

おっぱい揉まれた?」

「…………うん」

下も触られた?」

「う…………うん」

「パンツ脱がされたの?」

「…………うん、あの……」

「それから、何したの?」

「……何って……」あたしは涙に溺れそうだったが、言った。「……その、あの、さ……最後まで」

「さ、“最後”って……い、挿れられた、ってこと?」お姉ちゃんがあたしに顔を近づけて言う。「そうなの? 挿れられたの?」

「……う、うん」

 お姉ちゃんの姿が、大げさじゃなくいつもの五倍くらいに大きく見えた。

「……な、何回くらいしたの?」

「……そんな……」土砂降りのように泣いていた。「………覚えてないよ」

「あ……あ、あんた……あんた、アホよっ! ほんもののアホだよっ! わたしの妹だけど、あんたほどのアホはいないよっ! 多分、日本国中探したって、あんなキモい男に好き好んでやらしいことさせる、一六歳の女の子なんて居ないよ? あんたはアホ、バカ、マヌケだよ。日本一のアホよ。あんたみたいなアホが自分の妹だなんて、わたし情けなくて出てくるよ…………何で? 何でそんなことができるわけ? なんであんな奴に、自分の身体を好きにさせるわけ? ……想像しただけで鳥肌立ってくるよ! 吐きそうだよ! あんな奴とキス? おっぱい揉ませて、下も触らせて、れさせたあ? ……信じらんない。マジ信じらんないよ!」

 そのほか、いろいろ言われたと思う。
 あたしはただ床に這いつくばって、わんわん泣くだけだった。

 お姉ちゃんは言葉を尽くしてあたしを滅茶苦茶に貶め、ぼろくそに罵った。

 でも、そんなふうに言われるのも仕方がないと思った。
 だってあたしはほんとうに馬鹿だからだ。

 あたしは大きな声で泣いた。
 声が枯れるまで泣いた。
 
 お姉ちゃんは絶え間なく喚き続けたけれども、それが聞こえないくらいに泣いた。
 
 先に疲れ果てたのは、お姉ちゃんの方だった。
 あたしが顔を上げると、げっそりしたお姉ちゃんの顔があった。
 
 でもとりあえず怒りは収まったらしいので、あたしは泣きやんだ。

「……ひどいこと言って、ごめんね」お姉ちゃんは枯れた声で言った。「ちょっと、言い過ぎたみたい」

「ううん……」

 あたしは縋るようにお姉ちゃんの目に救いを求めた。

「……いい? 二度と、内藤とそんなこと、しないで」

 お姉ちゃんがあたしの手を取る。

「……う、うん」

「絶対、二度としないでね。わかった? 約束だからね?」

「……うん」

「……今度あんたが内藤先生とやらしいことしたら、わたし、何するかわかんないよ? ……いい? ……隠しても、わたしには絶対わかるんだからね?」



 あたしは頷いたけど、一週間後に約束を破り、その二日後にお姉ちゃんに白状した。

 翌日、学校は大騒ぎになった。

 ブラウスの前ボタンを引きちぎられて、内股を血塗ちまみれにしたお姉ちゃんが、泣きながら職員室に飛び込んだのだ。

 後から聞いた話では、お姉ちゃんはガクガク震えながら大泣きして、ひどく錯乱していたらしい。
 お姉ちゃんが泣いているところなど、あたしにはぜんぜん想像できないのだけど。

 職員室には教頭先生を含む、8人の先生がいた。

「内藤先生に踊り場に連れ込まれて、無理矢理いやらしいことをされました!」

 お姉ちゃんは教頭先生を含む先生たちの前で涙ながらにそう語ったという。

 内藤先生は学校を辞めることになり……あたしたちは家族ごと引っ越し、転校することになった。


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