性 接 待 専 用 社 員 ・ リ サ 【前編】
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「リサちゃん……だったね?」
「……はい……」
「……さあ……まず……脱いでもらおうか」
通されたのはまあまあいいホテルの最上階、スイートルームだった。
中にいたのはちんちくりんで脂っぽい、40がらみの男。
これでも大手IT企業、ザ・クルールのやり手社長であり、名を藤巻という。
短い髪。ギョロ目。
浅黒い肌が際立つ白いバスローブにスリッパ姿で……手にはブランデーグラスまで持っている。
いかにも、こういう部屋に女を呼びつけそうな男だった。
というか、いまどきドラマにもこんなわかりやすい男、出てこない。
こういう部屋に女を呼び出して自由にするゲス野郎……
藤巻はそれをできるだけそれらしく演じているように思える。
「は、はい……」
あたしは着ていたトレンチコートに手をかける。
そしてベルトを外し、前をはだけた。
「お、おおお……」
トレンチコートの下は……
カップからアンダーまで、総レースのノンパテッドブラ。
下は同じく総レースのTバックで、サイドは細いコード。
そしてガーターベルトに、太もものまでのストッキング。
自分で言うのもなんだけど、ぜんぶあたしの白い肌に映える赤だ。
レースじゃない部分はぜんぶ、エナメルのように光沢のある、サテンの赤。
「これで……いいですか?」
そう言ってあたしはすとん、と床にコートを落とした。
「お、おおおおおお…………す、すばらしい…………」
藤巻が語彙を失うのも無理はない。
また自分で言うのもなんだけど……あたしはめちゃくちゃ、ものすごく、すこぶるスタイルがいい。
168センチのまあまあ長身だけど、頭がちっさいのでばっちり8頭身。
おっぱいも89センチとけっこう大きい。
きゅっとしまったくびれの下の腰は左右に広くて、全体的にチェロ型だ。
お尻も重力に反して上を向き、ぱっつんぱっつんに貼っている。
だいたいの男は、あたしの身体を目にすると黙る。
藤巻のように語彙を失う。
そして、どんな余裕をこいてる男でも、知性的な男でも、イキってる奴でも、MBA取ってることが自慢の男でも、サル並みの知性に急降下する。
「……で、どうすればいいんですか?」
あたしはできるだけ、声に抑揚が出ないようにして言った。
どうするもこうするも、この手の男がしたがるようなことはこれまでの経験で分かり切っている。
いろんなことに凝ってる男がいる……これまでの経験であたしはそれをイヤというほど知っていた。
「……ふ、ふふふ……や、やはり噂に聞いた“グッドフェローズ”の性接待専用要員、リサくんだねえ…………そ、そこらへんのモデルなんか話にならない……」
「モデルもやってました……学生時代に」
「ほ、ほおお??」
藤巻のギョロ目がさらに飛び出す。
「読モですけど……いろいろ大変なんで辞めました」
「か、かつて学生時代にモデルをやっていた……き、君のような子が……あ、あ、あんな……弱小ベンチャーの……せ、性接待要員に……い、い、いった……なにが……」
そう言う藤巻の欲情があふれ出してくるのを感じた。
むわっ……と、湿気を含んだ熱気のようなものが、こっちに押し寄せてくる。
「それは……」
あたしは、その後、自分がどんな作り話をしたのか覚えていない。
いつもあたしは、この手の男のところに出向くたび“なぜ、こんなことを……?”と聞かれる。
その話も込みで、男どもは楽しみたいんだろう。
で、あたしはたぶん、てきとうな話をした。
いつも違う話をする。
親が株で失敗して借金を背負い込んで……とか、顔出しNGのAVに出たけど自分で思っていたよりセックス商売に飢えてた、とか……元カレが借金作って逃げた……とか、バレエダンサーを目指してたけど足をくじた……とかなんとかかんとか……
すべてを聞き終えた藤巻が、ごくりと唾を飲み込む。
「なるほど……なるほど……気の毒な話だとは思うけど……それならもっと頑張らないとねえ……今日は、僕の好きなようにさせてもらうよ……好きなように……」
「は、はい……」
そう言って、少しうつむいて見せる。
奥の部屋に消える藤巻
やがて……ガラガラと音がして、大きなトランクを押して戻ってくる。
藤巻の目がらんらんと輝き、額に脂が光っている。
きっと……あのトランク一杯に、藤巻の爛れた欲望が詰まってるんだ。
■
「リサちゃ~ん……今回もアレ、お願いしたいんだど~……」
またミネザキ君のネコナデ声。
またかよ。
もうホント、こいつらどこまで能無しなの?
「また~? ま、いいけど。で、今度はどんな奴?」
「ザ・クルールさんとこの社長さんなだけどさ~……ちょっと拗らせちゃって……今回の仕事で堺の奴がミスしちゃってさ~……」
堺。
使えないウチの会社のなかでもわけても使えない、ミネザキ君の右腕。
てかこいつの右腕、腐ってない?
「で、会社の損害は?」
「……に、二千万…………」
「二千万? あの契約……ダメになりそうなの?」
呆れた。
ほんとこいつ、てかこの会社の奴ら全員……役立たず。
「うん……なんというか……」
「“なんというか”じゃねーー!! お前ら、カネのなる木でも栽培してんの? 商売ナメてない? で、堺、なんつってんの?」
とミネザキ君を見る。
くしゃくしゃのパーマにツーブロ。
お坊ちゃんヅラにトムフォードの眼鏡。
しょぼくれまくった顔。
丸の内のセレクトショップで完全に定員おまかせで上から下まで決めてもらった、モスグリーンのセットアップに、値の張るTシャツに、脚はニューバランス。
左手首にはタグホイヤーのスマートウォッチ……って、そんなのあるのね?
美容院代まで入れると全体の値段は50万円超。
で、こいつ正味の値打ちを入れると50万500円くらい。
「てかさ~……あそこの社長、こっちプラン出せば出すほど、よくわかんないクレーム出してくるんだよね~……で、堺が途中でキレちゃってさ~……」
「途中でキレるって、ビジネス的にアウトよね? なんであんな奴クビにしないの??」
「だって~……あいつとは長い付き合いだしい~……」
はああ。
もいっかい、ため息いい?
はあああああああ…………
「だからこの会社、ダメなんだよっっ!!」
なんなのこいつら。
あ、自己紹介が遅れました。あたしはリサ。
ベンチャーコンサル会社、「グッドフェローズ」の社員。
てか、なに「グッドフェローズ」って。
ミネザキ君はじめ、総勢5名の社員、ぜんぜんあの映画とは程遠い超ヤサヤサ理系くん揃いなのに……こんなオラついた名前つけんの、ダメダメ男のコンプレックスよね~…………
てか、ごめん。脇道にそれた。
「……だからさ、リサちゃん……こんかいも……お願い。ごめんね~……」
「てかさ~……前回からまだ3日だよ? いいかげんにしてよね~?」
ミネザキくんは以前、超大手コンサル企業に勤めてて、あたしと同期だった。
かなりのITオタクだったんで、たしかにその方面での実力があったことは認める。
とはいえ、会社での評価はそんなによくなった。
だって浮世離れして社会性ない、オタクだからね~……
社内では同性の同期社員の男や、ちょっと年上の男子先輩にはかなーりキモがられて、嫌われてたと思う。
でも、なぜか社内でも……社外でも、得意先の年上お姉さん担当者にはウケた。
社内では評判悪すぎて……居心地悪かったんだろうね。
入社5年目で、会社をヤめてこの「グッドフェローズ」を立ち上げた。
同期のクソデブキモオタ社員、堺とともに……
その後、「グッドフェローズ」の経営が軌道に乗った2年後、あたしはミネザキくんに引き抜かれた。
もちろんだけど……最初っから性接待要員として、じゃないよ。
あたしもSEだったからさ。
いくつか大きなクライアントも担当してたし、完全に理系オタで社会性ゼロのミネザキ君や堺なんかより、対人折衝は得意だった。
つっても、この年の社会人で言ったらべつにバリバリのやり手、ってわけじゃなかったけどね。
フツーよフツー。
ミネザキ君と堺がダメすぎるのよ。
よく2年も会社もったよね?
ま、ミネザキ君は元の会社から持ち出したクライアントのホームページ作成や、Web広告とかそのへんの制作でなんとか食いつないでたみたいだけど。
その頃あたしも実は……ちょっと元いた会社で居心地悪くなってた。
てのもさ……その会社の役員の一人のおっさんと、なんかの飲み会で一緒になったとき、酔った勢いでヤっちゃったわけ。
それから、やったらしつこくてさー……
毎月から毎週、毎週から1日おきに「なあ、セックスしよ?」っておっさんが鼻息荒いかんじでLINE送ってきて、既読スルーするとネチネチネチネチ社内メール送ってきて、無視し続けてると、くそド田舎の支社に飛ばす、つってくるからさあ……
そのとき連絡くれたミネザキ君の誘いに乗っちゃった、てわけ。
それにしても、失敗したなあ……転職。
最初は営業や渉外がまっっっっっったくできないミネザキ君や堺の代わりに、新規顧客獲得のための営業や顧客対応、いざとなれば接待なんかもぜーんぶわたしが仕切ってたんだけどさ。
あるとき(これまた堺のミスの穴埋めで)めちゃくちゃ女癖が悪いという噂がありクライアント企業の接待に出かけたら、そこのやりすぎツーブロックコンサル社長に……なんでみんなこの髪型なんだろうね?……
『ねえリサちゃん……この後、二人で抜けない? いい店知ってんだ』
とかめちゃくちゃわかりやすく誘われて、二件目のイキったバーもそこそこにラブホへ。
で、そこの会社はいまもウチの会社の上得意……
てなわけで、あたしは営業部長兼・性接待要員をやっている。
「今回行ったら……あたし、休み取るからねっ! 2週間くらい年次有給とはべつに、有休ちょうだいねっ!!」
「も、もちろん! てことはリサちゃん、行ってくれるんだねっ! よっ……良かったっ! 今日は焼肉食べに行こうっ! ねっ! リサちゃんも焼肉好きでしょっ!」
完全に服に着られているチビ……あ、言い忘れてたけどミネザキくん……うちのCEOはチビだ……あたしよりチビ……が、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
いい歳した男がキモいんだよ!!
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