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引っ越しクライシス


引っ越し当日の早朝4時。

僕は部屋の真ん中で頭を抱えていた。

日が昇る前の真っ暗な部屋の中にあるのは積み上げられたダンボール、物が何も置いてない棚、解体されたベッド、ホースを外した洗濯機。

誰がどう見ても引っ越し直前の部屋である。

その部屋のど真ん中で太ったおじさんが1人頭を抱えている。

これはただ事ではない。

そう。

本当にただ事ではなかったのだ。


引っ越しが中止になったのである。


引っ越し中止。

みなさんこの言葉を発した事があるだろうか?

おそらくないだろう。

基本的に引っ越しとは計画的に動くものである。

朝8時頃から開始予定だった引っ越しが4、5時間前に中止になるなんて聞いた事がない。

前代未聞である。

その前代未聞の事態を引き起こした理由、、、

何と僕は


引っ越しに使うレンタカーを予約してなかったのだ。


今回の引っ越しは業者には頼まず、手伝ってもらっての自力での引っ越し。

トラックかハイエースかをレンタカーで借りそれに荷物を積み込み新居まで移動するという予定である。

言わばレンタカーは今回の引っ越しの"核"の部分なのである。

わたくしにっしゃん。


核、抜いちゃいました。


「甘栗むいちゃいました」のノリで言ってるがそんな軽い事ではない。

レンタカーが無くては今回の引っ越しは出来ない。

そのレンタカーを僕は確実に借りれるよう手配をしていなかったのだ。

痛恨のミス。

ていうか普通の人はやらないミス。

焦った時には時すでに遅しである。

どのレンタカーのホームページを見ても

ハイエースなどは満車の嵐だった。

僕は思った。


あ、詰んだ。


そもそも僕はなぜレンタカーを予約しなかったのか。

分からないのである。

自分でも分からないのだ。

普段僕は結構予約したがるタイプの人間である。

予約できるものは予約しておきたい。

そう考えるタイプなのである。

なのに今回に限ってなぜ。

しかも予約がブッチギリで必要な時に限ってなぜ。

自分でも分からないのである。

何かに導かれるように予約をせずに前日を迎えてしまった。


1つ覚えている場面がある。

引っ越しの数日前、バイトしてる時

僕は空を見上げながらこんな事を考えていた。

「めちゃくちゃ快晴やなあ。

青空がキレイなあ。

雲一つないなあ。

心が澄み渡っていくなあ。

そういやレンタカー予約してないなあ。

東京に来て半年かあ。

もうそんな経つかあ。

大阪のみんな元気かなあ。

また会いたいなあ。」


レンタカーの予約が「にっしゃん感傷モード」にサンドイッチされてしまった。

サンドイッチされてギュッとなったまま前日を迎えたのである。

結局、レンタカーの予約は出来なかった。

そして引っ越しは中止となった。


生まれてから36年。

初めて知った。

「引っ越し中止」という言葉がこんなにも恐ろしいものだという事を。

コワイ。

ワタシ引っ越しデキナイ。

コワイ。

僕はなぜかカタコトになった。


この部屋は2日後には部屋を引き渡す予定なのでそこまでに部屋を空にしとかなければならない。

僕は居候的な感じなのでこのままでは家主にも迷惑がかかってしまう。

でもこのままでは空には出来ない。

しかも今日中、遅くとも明日には部屋の電気、ガス、水道が止まる。

このまま今日の夜になったら水も何もない真っ暗な部屋の中で荷物に囲まれ1人である。

僕は立ち上がり渾身の一言を叫んだ。


「どないすんねん、これ!!!」


おそらく人生で1番の「どないすんねん、これ」が出た。

にっしゃん史上最高のどないすんねん、これ。

キングオブどないすんねん、これ。

そんな至高の「どないすんねん、これ」を早朝4時に放ってしまった。

THE近所迷惑。


もし聞こえた人がいたなら1発であそこにはヤバい人が住んでるとなっただろう。

そこのあなた。

正解です。

僕はヤバい人です。

36歳で引っ越しの当日に引っ越し出来なくなって途方にくれて叫んでるヤバい人です。

でも安心してください。

今日で引っ越しなんです。

明日からはいないんです。

でも引っ越し出来ないんです。

ていうか引っ越し出来ないから叫んでるんです。

何だろうこの無限ループ感。

卵が先か鶏が先か状態。


僕は続けてこう叫んだ。


「あ〜もう引っ越ししてえ!!!」


完全に引っ越し直前の部屋にいる奴が「引っ越ししてえ!」と叫んでいる。

側から見たらどう見えるのだろう。

「引っ越しのモチベーション高すぎる人」だろうか。


とんでもない焦燥と絶望の中、僕はこれからどうするかを考えた。

普通に考えて業者に頼むしかない。

でも今日明日で引っ越ししてくれる業者なんて見つかるのか。

おそらく無理だろう。

「そうだ、今日引っ越ししよう!」てそんなセリフ聞いた事ない。

京都へ行こうやないねんから。

となると、残された道は1人引っ越し。

僕が1人で運び出すのである。

冷蔵庫や洗濯機を1人で持ち上げて階段を降りる。

ダメだ。

冷蔵庫と共に転がり落ちるデブの絵しか浮かばない。

ていうか外に出してどうなんねん。

車ないねんから。

しかも僕は免許取って以来1度も運転した事がないウルトラペーパードライバーである。

運転したが最後。

あの世にお引っ越ししてしまう。

言うてる場合か。

こうなったら引き渡し当日、動かんとくか。

いわゆる座り込みデモである。

管理会社の人がドアを開けた瞬間、目に入るのは

ダンボールと家具のど真ん中で頭にハチマキを巻いて座り込んでるにっしゃん。

鬼の形相である。

管理会社「え?あの、この部屋今日で引き渡しなんですけど、、、」

にっしゃん「一歩も動かへんぞ!!」

管理会社「え?何でですか、、、!?」

にっしゃん「引っ越し出来ひんかったんや!!」

何やこのアホなやり取り。

ていうか普通に警察呼ばれて終わりである。

留置所へお引っ越しになってしまう。

言うてる場合か。

やっぱ業者や。

業者にあたりまくるしかない。

時刻は5時になりそうな頃、色々余計な事を考えた僕は結局業者にあたる事にした。


とはいえ電話が繋がるのは早くて朝の9時とかである。

まだ4時間ある。

生きてる心地がしない。

一刻も早く解決したい。

24時間受付とかないんか。

引っ越しで流石にないか。

一応ネットで調べてみよう。

え〜引っ越し 24時間

あれ?

うそやろ?

あるやん、、、

24時間受付の引っ越しあるやん、、、


その引っ越し社のホームページには

早朝でも!深夜でも!24時間受付!

としっかり書いてあった。

しかもさらに

即日引っ越し対応!と書いてある。

神だ。

まさに今のにっしゃんのためにあるかのような引っ越し社。

奇跡。

この土壇場での奇跡。

僕は狂喜乱舞しながら電話をかけた。


プルプルプルプル。

出ない。

プルプルプルプル。

出ない。

本当に24時間対応なのか。

プルプルプルプル。

「、、、、もしもし」

出た。

めちゃくちゃ眠そうな声してるおっちゃんが。


おっちゃん「えっと、、、ここどこだ??」

めちゃくちゃ寝ぼけている。

何これ。

おっちゃん完全に寝てたやん。

あれ?

かけた電話番号よく見たら

080〜ってなってる。

え?

これ、もしかして、、、

個人の携帯?


じゃあこの24時間対応って、、、

おっちゃん1人で無理矢理起こされながら対応してるって事!?


何その体張った24時間対応。

拷問やん。

「早朝でも!深夜でも!24時間受付!」

やあらへんがな。

倒れるでおっちゃん。

おっちゃんは眠そうな声で言う。

「いつ引っ越しですか?」

僕は半分諦めながらも言ってみる。

「あの、、、今日なんですけど、、、」

僕とおっちゃんの間で空気が張り詰めた。

少し間が空いてからおっちゃんが言った。

「今日の夕方ならいけますよ!」

え?

まじで!?

いけんの!?

おっちゃん「ただ僕1人でやってる引っ越しなんでお客さんにも手伝ってもらう形になりますけどね!」

あ、、、

やっぱりそうなんや、、、

まあでも贅沢言ってる場合ではない。

いくらでもやってやる。

おっちゃん「どんな荷物あるか教えてもらっていいですか?」

僕は出来るだけ細かく荷物を伝えた。

おっちゃん「あ〜。うち軽トラなんで全部は積みきれないですね。残った荷物はご自分で宅急便で送ってもらう事になりますね。」

うう、、、

それはなかなか厳しい、、、

いくらかかるんや、、、

とりあえず僕は大体の引っ越し料金を聞いてみた。

おっちゃん「当日ですんで5万以上になりますね!」

はい、無理!!


5万以上でしかもそれから宅急便もかかる。

総額いくらなんねん。

これはさすがに無理である。

まあそもそももっと荷物少なめの単身者用なのだろう。

こっちが場違いなのだ。

おっちゃん、起こしてすいません。

残念ですがご縁が無かったようです。。。

僕は泣く泣く電話を切った。


24時間対応が空振りに終わった。

ここからは9時まで待つしかない。

僕はそれから部屋の真ん中でカッと目を見開いたまま3時間以上耐えた。

まるで村の言い伝えによく出てきそうな敵から村を守るため一晩中立って耐え、翌朝立ち往生した伝説の守り人のようである。

そして9時になったのを確認してすぐ僕は目星を付けていた業者に電話をかけた。

にっしゃん「もしもし」

若い兄ちゃん「お電話ありがとうございまぁっっす!○○引越し社、○○がお受けしまぁっっす!」

、、、語尾が気になるな。

何や、まぁっっす!って。

まあそんな事言ってる場合ではない。

にっしゃん「すいません、今日か明日に引っ越ししたいんですが、いけますか?」

若い兄ちゃん「今日か明日!お調べしまぁっっす!」

、、、やっぱ語尾気になるな。

言うてる場合ちゃうねんけど。

まぁっっす「お待たせしてまぁっっす!今日もしかしたら行けまぁっっす!」

え、いけんの?

まぁっっすまぁっっすうるさいけど。

これはいけるかも!

まぁっっす「ではどんな荷物があるかお願いしまぁっっす!」

にっしゃん「え〜冷蔵庫と洗濯機とそれから、、、」

僕は荷物を伝えた。

まぁっっす「では一旦電話切りまぁっっす!失礼しまぁっっす!」

え?

まぁっっす?

急に電話切れた。

え、何これ?

どうなってんの?

僕は急いでもう一回電話をかけた。

まぁっっす「お電話ありがとうございまぁっっす!○○引っ越し社、○○がお受けしまぁっっす!」

にっしゃん「あ、いや、電話急に切れたんで」

まぁっっす「あ、今から見積もりとるんでまた後ほどお電話しまぁっっす!」

にっしゃん「あ、その電話って大体何時頃、、、」

まぁっっす「失礼しまぁっっす!」

え?

まぁっっす?

また切れた。

え、何これ?

また電話するっていつやねん。

何やあいつ。

まぁっっすまぁっっす言いやがって。


それから現在に至るまで約2日半。

まぁっっすからの電話は無い。


僕は一体どこに電話をかけたのだろうか。

本当に引っ越し社だったのだろうか。

僕の耳にはまだあのうっとしい「まぁっっす」が残っている。


そこから僕は

「元ヤンお姉さん」や「相槌うんうんお姉さん」達に翻弄されながらも

10件目にして明日の午前中に引っ越しをしてくれる業者さんをついに見つけた。

午前中なら電気が切れていても日の光で何とかなる。

ここでいくしかない。

金額はかなり高いけども。

もうそんな事を言っている場合ではない。

僕は力強く

「お願いしまぁっっす!!」と言った。

そして次の日、引っ越しが完了した。


これが僕の人生最大のピンチとも言える引っ越しクライシスの一部始終である。

安く済まそうとして業者に頼まなかったのに結局めちゃくちゃお金がかかってしまった。

何やこの教訓得れそうな話。

何十年後かにアリとキリギリスみたいな話になってんちゃうか。

まあ何はともあれとりあえず引っ越しは出来たので良しとするしかない。

一時はマジでどうなるかと思った。

今回僕のせいで迷惑をかけてしまった方々、申し訳ございません。

これからはもっとちゃんとします。

というわけで僕は昨日から新居で暮らしている。

片付けもある程度終わって今のところ順調である。

色々あったがこれから頑張っていきます!

それではまた!







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