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書評:熱風2013年1月号 特集「PCがなくなる日」

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の文芸誌を発行しているのですが、
今月の特集は「PCのなくなる日は来るのか?」です。

近年、インターネットを閲覧する環境は、PCからスマートフォンおよびタブレットPCにシフトしています。(nishi19 breaking newsでも、50%以上のユーザーがスマートフォンもしくはタブレットPCから閲覧しています。)今回の特集は、”PC”というツールの未来を考えることで、人間のライフスタイルがこの先どのように変化していくのか、さまざまな人のビジョンから読み取ろうという企画です。

「PCのなくなる日は来るのか?」特集のラインナップは、以下の通りです。

PCのなくなる日は来るのか? AppleとGoogleとMicrosoftの未来 (西 和彦)
SFが予想するPCの未来 (山本 弘)
森と共に考える、それが未来のコンピュータ (鈴木 健)
「野生」の人たちが、草むらから見てる。 (八谷和彦)
PCがなくなるとかなくならないとか、そういう問題ではない。 (猪子寿之)

PCはなくならないが使い方は変わる

結論から言うと、今回記事を提供している方々も語っていますが、PCはなくならないと思います。ただし、PCの使い方は変わると思います。

PCがここまで家庭に普及したのは、PCの低価格化と高性能化と併せて、インターネットを使う環境が劇的に改善したことが、大きな要因です。しかし、近年インターネットから情報を閲覧する時に使用するツールは、PCからスマートフォンおよびタブレットPCにシフトしています。今後は書籍も、スマートフォンやタブレットPCで読むようになるでしょう。したがって、近いうちに「情報を得るためのツール」としてのPCの役割は、タブレットやスマートフォンに置きかわると思います。

では、今後PCはどのような用途で使われていくのかと考えると、PCは主に「情報を入力する」ツールとして、活用していくと考えられます。具体的には、書類を作成したり、絵を書いたり、計算をしてもらったり、といった具合です。現在の「キーボードとマウスをつかって情報を入力する」という手法以外の手法が開発されない限り、今後もPCを用いて、情報を入力していくのだと思います。

「モノづくり」のためのPC

では、PCには「情報を入力する」以外の用途はないのでしょうか。その点について詳しく言及している記事が、「「野生」の人たちが、草むらから見てる。 (八谷和彦)」です。

この記事には、PCが普及したことにより、「モノを作るためのコストが減る。」「個人や小さな組織がものを作っていく環境が活性化する。」「個人が時間をかけて作ったものに需要が発生する」というメリットがモノづくりの現場で起こっている、と書かれています。この記事を読んで、(本書のあとがきにも書かれていましたが)クリス・アンダーソンの「MAKERS」と同じことを書いているな、と思いましたが、こちらの事例のほうがより具体的です。

したがって、今後「情報を入力する」ことに長けているPCというツールは、その長所を活かして、「モノづくり」の現場で重要な役割を果たしていくのだと思います。

ネットの一般化と炎上事件

PCからネットを見るツールがスマートフォンやタブレットPCに置き換わりつつあるということを書きましたが、ツールが置き換わることで、どのような変化がおきたのか。その事について言及していたのは、今回の特集の記事ではありませんが、川上量生が連載している「鈴木さんにも分かるネットの未来」です。

今回の連載では、先月に引き続き「ネット住人とはなにか」というテーマについて語っていたのですが、興味深かったのは、「ネットの一般化と炎上事件」という箇所に書かれていた内容です。

要約すると、「ネット住人」とは、ネットの一部コミュニティを自分の 「住処(すみか)」「常駐先」 とし、定期的な生存証明なり意見表明をなりを継続して行なっている人のことを指すそうですが、「ネット住人」は現実社会からのある種疎開感を持っている人が多く、「ネット住人」にとって、スマートフォンやタブレットPCの普及によって、何も知らずに現実社会の人間関係やルールを持ち込もうとする人は、「敵」とみなしているのだというのです。

したがって、現実社会をネットに持ち込む人が、ネット社会のルールを間違えた場合に、多数のネットユーザーによって批判される「炎上事件」が発生するのだと、この記事では説明しています。この説明は、「炎上事件」が起こる仕組みとして、とてもわかりやすい説明だと思いました。

スタジオジブリにとってのPC

では、スタジオジブリは”PC”というツールを、どのように考えてきたのでしょうか。

スタジオジブリとPCというテーマで思い出されるのは、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」の制作時に、CGを使わず手書きで作られた絵を用いたことです。CGアニメーション全盛の時代に、敢えて手書きで絵を動かすことにこだわった作品は、手書きで書いたことで絵に迫力が加わった「大津波でやってくるポニョ」という名シーンを生みだし、興行的にも大ヒットを記録しました。

時代はさかのぼりますが、高畑勲監督の「ホーホケキョとなりの山田くん」では、コンピュータで色をつけた「デジタル彩色」で、水彩画のような絵を再現したことがありました。興行的には成功とはいえませんでしたが、デジタルでアナログの表現がどこまで出来るのか追求した作品だったと言えます。

このようなエピソードからも、スタジオジブリは今まで積極的に”PC”と関わってきたとは言えません。むしろ、距離を置いてきたくらいだと言えます。では、なぜこのタイミングで”PC”というテーマを取り上げたのか。それは、スタジオジブリの時代を見つめる眼が、今がまさに”PC”というツールの転換期であることを、感じ取っているからだと思います。そして、距離を置いてきたからこそ逆に、PCの転換期であることを感じ取れたのだと思います。

(このnoteは2013年1月に公開した記事の転載です)



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