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テクノロジーを活用して高速で機能アップデートし続けるニュータイプのアスリート

僕が実行委員としてサポートしている「SAJ2021(スポーツアナリティクスジャパン)」のキーノートセッションとして、2020年のMLBサイ・ヤング賞を受賞したトレバー・バウアーの登壇が決まりました。

トレバー・バウアーの登壇を発表したとき、MLBのサイ・ヤング賞投手の登壇にも関わらず、SNS上のリアクションは決して大きいとは言い難いものでしたし、今回のSAJを配信する会社の社内で基調講演を共有してもらったときも、あまり反応はなかったそうです。

なぜトレバー・バウアーなのか

基調講演にトレバー・バウアーを推したのは、実は僕です。今回のコンセプトが「人間回帰」というワードでして、当初は違う人が基調講演の候補だったのですが、僕はコンセプトに合わないと思い、トレバー・バウアーの名前を推しました(実現するとは思いませんでしたが)。

トレバー・バウアーの存在に興味を持ったのは、スポーツナビの「ドライブライン」の連載を読んだのがきっかけでした。

詳しくは連載を読んでもらいたいのですが、この連載を読んだとき、僕はトレバー・バウアーの取り組みにびっくりしました。

トレバー・バウアーの取り組みは「機能拡張」

トレバー・バウアーの取り組みを端的に表現するなら、「アスリートの機能拡張」です。トレバー・バウアーはオフシーズン中にドライブラインという施設にこもり、投球の回転数や回転軸を解析できるハイスピードカメラやモーションキャプチャを活用し、パフォーマンスの改善に取り組みます。僕が凄いと思ったのは、トレバー・バウアーがライバル投手の球種を完全コピーして、自分の武器にしてしまったことです。

この記事によると、トレバー・バウアーは当時チームメイトのコーリー・クルーバーのスライダーをコピーしようと、ハイスピードカメラを活用して、スライダーの回転数、縦の変化量、横の変化量、回転効率を分析。1球1球握りを変えたり、リリースポイントを変えたり、手首の角度を変えたりして、1球ごとにデータを計測。狙い通りのデータが出た時の投げ方を把握し、あとは体が覚え込むまで投げ込み、自分のものにしてしまいました。

漫画では相手の必殺技を自分のものにしてしまうキャラクターがいますが、トレバー・バウアーがやったことはまさに漫画です。僕はこのエピソードを読んだとき、漫画の世界を現実の世界が超えつつあると思いました。そのくらいのインパクトがありました。

トレバー・バウアーと同様の取り組みをするライバルたち

MLBのトップ選手は、トレバー・バウアーの取り組みに追随しています。ダルビッシュが前田健太にチェンジアップの握りを教わり、実戦で試したことが話題になりましたが、ハイスピードカメラによってどの球種もデータが解析できるようになり、MLBの超一流選手であれば、短期間でパフォーマンスが再現できるようになりました。

そして、一昔前であれば隠していたであろう球種や投げ方も、隠すことはありません。どの投手もオープンに情報を公開します。

このMLBの技術革新は、とてもインターネット的だなと思います。テクノロジーが発達し、ハイスピードカメラやモーションキャプチャや動画共有システムによってデータ解析のコストが下がり、多くの人がデータや映像を活用してパフォーマンスを改善させることが容易になりました。

また、情報がオープンになることで、インターネット上にはプロからアマチュアまで様々な動画やトレーニングや理論を公開。映像が公開されたら、あっという間に世界中に伝搬し、コピーされていきます。この流れは、インターネット上にソースコードが公開され、世界中のエンジニアがサービスをアップデートしていくことで、あっという間に技術革新が進んだインターネットの世界と同じような印象を抱いています。そう、ウェブ進化論で梅田望夫さんが提唱した世界のように。

トレバー・バウアーは、自分の身体をOSだと思っているのかもしれません。自分の身体というOSに対して、ソフトウェアをインストールかのようにトレーニングや動作解析を駆使して機能拡張を実現し、拡張した技術を駆使して日々の勝負に挑んでいきます。

近年MLBについてはイチローが問題定義した「考えない野球」という言葉が広まり、データを重視してプレーすることに対する疑問の声が上がったりしました。

しかし、最近トレバー・バウアーやダルビッシュの取り組みについて調べていくうちに、現在MLBのトップレベルの選手たちは、イチローの考えの先を進んでいるのではないかとも思うようになりました。もしかしたら、イチローはこの流れについていけなくなったから引退したのではないか、と思うほどに。それほどMLBの投手たちの進化は著しく、打者も投手に負けじとレベルアップを続けています。このダルビッシュの動画の後半には、そんなダルビッシュとカージナルスとの高度な駆け引きが説明されていますので、ぜひご覧ください。

日本でも現れつつある「ニュータイプのアスリート」

日本でも少数ですが、こうしたニュータイプのアスリートが出てきつつあります。ダルビッシュの影響で、菊池雄星、前田健太といったアスリートは自分の情報をオープンにすることを躊躇しませんし、トレーニング理論への理解、データの活用にも積極的です。

野球以外にも、陸上男子走り高跳びの戸邉直人選手は、筑波大学大学院に所属していた経験を活かし、自分で論文を読み解きつつトレーニングを組み立て、動作解析を行いながら、自身のパフォーマンスをアップデートしてきました。

今後サッカーやバスケットボールのような競技でも、こうしたニュータイプのアスリートは出てくるでしょうし、データの活用やエビデンスを踏まえ、自身の考えをアップデートした上で指導ができないコーチは、あっという間に居場所がなくなるでしょう。データ分析が市民権を得たことで、コーチも存在意義を問われているのです。トレバー・バウアーやダルビッシュにアドバイスできるコーチがどれだけいるでしょうか。データ分析がセルフコーチングのレベルも変えたのです。

追記:サッカーだと、メッシやクリスティアーノ・ロナウドではなく、ロベルト・レヴァンドフスキが近いかもしれません。

人間の能力はどこまで拡張するのか

これまでのSAJは「データ分析をスポーツの現場にどう取り入れるか」という点に注力してセッションを組み立ててきましたが、今回のSAJはデータ分析がスポーツの現場にあるのは"当たり前"で、選手やスタッフはどう活用し、経営者は何を導入すればよいのか、が求められているのです。

そして、トレバー・バウアーの取り組みは、アスリートという枠に限らない「人間の能力はどこまで拡張するのか」という挑戦だと、僕は捉えています。本来のアスリートの存在価値というのは、人間の能力の拡張にあるはずで、それこそが社会の発展に貢献できる手段のはずですが、最近のアスリートは能力の拡張の前に、お金の話をすることが多く、個人的にはとても残念に感じます。トレバー・バウアーの取り組みは、そんなアスリートの本来持つ価値を問いかける取り組みでもあると、僕は感じています。

自分の身体をOSのように扱い、機能をアップデートして進化を続けるニュータイプのアスリートの言葉をぜひ聞いてみてください。単なる野球の話ではなく、人類の進化に例えた理由が分かって頂けるのではないかと思います。

photo by JSAA


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