世界の片隅で悲しいバグを観て勘弁してくれと叫んだオッサン(映画「神は見返りを求める」を観て)
映画「神は見返りを求める」を観ました。夏前くらいにこの作品に触れたテレビ番組を観て、気になっていました。
2022年、監督・脚本 吉田恵輔、撮影 志田貴之、主演ムロツヨシ、岸井ゆきの ほか。
※大雑把ですが以下の文章中に物語の展開に触れますので(ネタバレあり)、ご注意ください。
あらすじ
主人公・田母神(ムロツヨシ)はイベント主催・企画会社に務める40代独身のリーマンです。その「いい人」ぶりから、名字にかけて「神様」と呼ばれたりしています。
ある日、田母神は、職場の後輩が企画した合コンで、"底辺YouTuber"のゆりちゃん(岸井ゆきの)と出会います。
飲めない酒を飲みダウンしていたゆりちゃんを介抱したことから縁が始まり、田母神はゆりちゃんのYoutube動画撮影を手伝うようになります。
再生数は伸びなくても、自分たちでできることを一生懸命やって動画撮影に取り組む二人でしたが、とあるきっかけで、ゆりちゃんは人気Youtuberの動画に出演することになり…
それが、互いの魂を焼き尽くすかのような…死闘の始まりだった。
本格的YouTuber映画であり、悲しく痛々しいオッサンの話であり、ある種の人間に発生してしまう哀れで恐ろしいバグを描いた映画でもあると感じました…。
…色々と気分が悪くなることを書くかもしれませんが、自分自身も「この映画の登場人物限定で自分に一番近い人はだーれだ?」という分類をされれば、主人公・田母神に近い人間になると思いますので、半ば自分に向けての言葉として書いております…。
いい人いい人、都合のいい人。いい人いい人、どうでもいい人。
主人公の田母神さんはいわゆる「いい人」です。
イベント主催・企画会社に務めるリーマンで、年齢は劇中で触れられていませんがムロツヨシの年齢と大差ない40代、リーダー的な立場であるようですが、管理職ではないようです。
面倒見はいい。頼まれれば断れない。しかしそれは、頼りにはされるが便利づかいされているということでもあり、それ故に管理職にはなれない。
恐らく、非管理職の中では年齢が一番上くらい…そこまでは劇中ではっきりとは描かれていませんが、そんな姿が目に浮かぶような人物描写です。
同僚の後輩たちからは名字の田母神にかけて「神様」と呼ばれたりもしています。
「断れない臆病者」。
しかし臆病者であることを認めたくないので、断ったりして不和を生み出したり嫌われたりしたくないので、世話を焼いたり押し付けられた仕事をしたり、いい人であろうとする。そこまでは劇中ではっきりとは描かれていませんが、そんな姿が目に浮かぶような人物描写です。
得てして、こういった人物は自らの「良い行い」を他者への貸しーーー世界への貸しのようにーーー自覚しているかいないかは別ですがーーー感じています。
いやいや、貸しを返せなんて思いはしない。見返りをよこせなんて思いはしない。ただただ、「必要だと思うから/それが助けになると思うから/他にやれる人がいないから/誰かが困ると思うから」やっているだけだ、と。
しかしいざ、事があるとーーー著しく自分が不利益を被ったり、ダメージを受けたりすることがあるとーーーこう思うのです。「裏切られた!ふざけやがって!」と。
それは、自分がずっと為してきた「良い行い」の貸しが踏み倒されたという理不尽への怒りなのでしょう。
しかしながら、悲しいことに、大抵他人はその人に借りがあるなんて思ってもいないし、世界はそもそも公正とか不公正とか知ったことではありません。
こうして、「傍から見れば温厚そうに見えたけどいきなりブチギレMAXの頭おかしいオッサン」が誕生します。
その「良き行い」は、結局自分のためだったのです。自分一番だったのです。結局そこに相手はいないのです。
ごめんなさい自分で書いてる文章ですがとりあえずもう勘弁してください。
思春期を殺せないオッサンの翼
田母神さんは独身で、恐らく、冒頭の飲み会での女性たちとの距離感の描写から、異性との交際経験がない(少なくとも社会に出てからの交際経験がない)と思われます。ホントかよ。
オッサンなのに女性との距離感は思春期の時のままなのです。
そんな人間が、異性からちょっと距離感が近いコミュニケーションを取られるとどうなってしまうのか。
ましてや、ゆりちゃんも自身の事情から、孤独であり、手を差し伸べてくれる人があればありがたいし嬉しい(ただし≠好き) 状態だったのです。
ケースバイケースではありますが、あえて書かせてもらいますと、傍から見れば、40超えのオッサンが二十代の女の子に近づく様は、互いに大人とはいえ、ある種"事案"に近いでしょう。
けれども、そんなことが見えなくなってしまう。「臆病者」の「オッサン」だけれども、それ故に持っていたはずの分別も社会性も吹っ飛んでしまう。恐ろしいバグが発動してしまうのです。
優先度設定機能のバグ
それは、どんなバグなのか。
昔のマンガになってしまいますが、島本和彦先生の「逆境ナイン」で説明されておりますので、引用いたします。
田母神さんちょっとそのやり方どうなの、その被り方は違うんじゃないの、と観ていて思ってしまうところが多々あるのですが、もはや…。
そのくせ、「臆病者」なので、何も出来なかったり…。
それでも、ゆりちゃんと同じ方向を向いて行ければ良かったのかもしれませんが、やっぱり40代と二十代の違いはありますし…。
そして、「オッサンなのに思春期」ゆえに、ちょっとした嫉妬から当てつけにつれなくしようとしたらそこからすれ違いが始まってしまうという、10代恋愛漫画ならまだしも、40代オッサンではもう何も言いようがないというか痛々しいというか、観ているほうがキツいというか、そんな状態でした。
優先順位がバグってしまったために、田母神さんの仕事・生活にも影響が出始めてきます。自分の中の最優先事項(ゆりちゃんとのこと)が上手くいかなくて、仕事にも苛立ちや焦燥が滲み出てきてしまう。
こんな仮定は無意味ですが、もしゆりちゃんと関わらず、今までの田母神さんであれば、退社した後輩は多分あんなことになってはいなかったのではないでしょうか。
悪循環が止めようのない状態になっていきます。
こころーと こーころがー 今は もう 通わない
ということで、田母神さんとゆりちゃんの死闘の火蓋が切って落とされます。ナチュラル外道の後輩が何故かまめに離間策・流言(成功率70%)を仕掛けてきていたにせよ、何やってんの田母神さん。田母神さんが大切にしたかったのは何だったの。
この死闘(序盤とのギャップ)が見せ場なのでしょうけれども…実際見応えありますが…。
田母神さんの思いについては、冒頭の「いい人いい人、都合のいい人。いい人いい人、どうでもいい人。」で書かせてもらいましたが、実際にその様を観ていると、キツいものがありました。
40代オッサンでこれはキツい。大切なことなので繰り返しますが40代オッサンでこれはキツい。ごめんなさい許してください。
ある種の人間(自分も含めて)はもう、なにもしない方がいい。その方が他人も、何より自分も幸せなのだ、と思ってしまいます。
そんな田母神さんの痛々しい描写と同時に、Youtuberゆりちゃんと周囲の人達(Youtuber)の姿も描かれていきます。
ある意味「今」を切り取った描写でしょうか。このあたりも、この映画の見どころかと思います。
触れ得ざるもの
死闘はさながら映画ランボーのように(最初は「余所者は街にくるんじゃねえよ」「はぁ?(無視)」のやり取りだったのに、気がつけば軍隊が出動して街中でドンパチ爆発の事態となっていた)エスカレートし、互いに「クソ女!」「生理的に無理なキモイオッサン!」「恩知らず!」「見返りはいらないって格好良いこと言ってたくせに最低!」「費やした時間と誠意を返せ!」「つまり金ってこと?!無理」と罵りながらも…垣間見える二人の心のうちの描写は…でもやっぱり二人の、特に田母神さんのエスカレーションぶりを見ると…今更…とも…。
何だこの映画、と褒め言葉として思いました。
この文章を書く際に、公式サイトでスタッフを確認したのですが、𠮷田恵輔監督はヒメノアールとか愛しのアイリーンの監督なのですね…。ラストにも納得させられたような気がします。
面白かった…と言って良いのか…。
でも夜中に長文を書きたくなるくらい、色々感情を刺激されて、見ごたえのある映画でした。(おわり)
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